『カルロス』 伝説のテロリストを奇跡のキャスティングで再現:オリヴィエ・アサイヤス監督のレクチャー取材より

2012年9月1日より、渋谷シアター・イメージフォーラム、吉祥寺バウスシアターにて5週間限定ロードショーが決定!

テロリストを描いた映画というと、「シリアスで重い内容なのでは」と思う方もいるだろう。実は私も、「イデオロギーとかよく解らないし…」と思いながら鑑賞したのだが、そんな心配は不要だった。気づいたら、「彼は一体どこに向かっていくのだろう?」とカルロスという魅惑的な人物に完全に惹き付けられていた。監督のオリヴィエ・アサイヤスは、「カルロスの人生はダイナミックで、映画的だ」と語るが、謎多きテロリストの半生を描いた本作は、カンヌをはじめ世界中の映画祭で上映され、話題を集めている。もともとフランスのテレビ番組向けに企画されたそうだが、それだけに「わかり易く作られている」という印象だ。とはいえ、お茶の間番組的な趣ではなく、随所に制作者の徹底したこだわりが感じられる重厚な作品に仕上がっている。今回の特集上映(「鉛の時代/映画のテロリズム」より)では3部作合わせて5時間を超えるバージョンだったが、長さは全く感じなかった。
アサイヤス監督によって初めて映画化されたカルロスとは、ベネズエラ出身のパレスチナ人民解放戦線のテロリストである。複数の言語を操り、カリスマ性と途方もない度胸を持ち合わせた男。大胆さとセクシーさで女性にもモテモテだったが、そんな彼女たちをも巧みに利用した。冷戦下のヨーロッパに突如現れ、政治イデオロギーが交錯する国々を渡り歩いた伝説の人物だ。

キャステングについては「登場人物と同じ国に生まれ、同じ言語を使う俳優を起用する必要があった」と、アサイヤス監督。カルロスにいたっては「ベネズエラ出身で本人に似ていること。4カ国語が話せて、カリスマ性があって、演技も上手でなければならない。しかも無名で」という条件だったが、監督も内心「そんな俳優が果たしているのか」と思いながら探していたそうだ。結局、現地エージェントの協力もあり、エドガー・ラミレスという俳優に辿り着いた。国内ではTVドラマにも出演しており有名だったが、国際的な知名度はまだなく、監督も知らなかったとのこと。「実際に会ってみたら、カルロスがそこにいるようだった」と監督は振り返る。

そんな奇跡の出会いによって起用されたラミレスの演技は圧巻だ。彗星のごとく登場し、次第に追いつめられていく狂気のカリスマを、年齢に応じて完璧に演じ分けている。体重の増減など容姿の変化だけでなく、話し方や雰囲気、光の放ち方まで、全身全霊で体現しているという感じだ。ラミレスは本作での演技が高く評価され、すでに多くの賞を受賞している。

「可能な限り、事実に忠実に再現した」と自負するアサイヤス監督のこだわりはキャスティングに限らない。資料やインタビューなどの情報をもとに、セリフや衣装、セットを正確に作り上げていったという。例えば、OPEC会議襲撃テロに使われた建物は現存しないため、当時の設計図を入手して作ってしまったというから驚きだ。劇中でも再現されているが、その時のカルロスのファッションはチェ・ゲバラ風であり、そこから彼が常にマスコミを意識していたという心情も窺える。

この企画を通して、監督はカルロスという人物に感情移入することはなかったのだろうか。答えはノーだ。「カルロスに対する評価を下さないこと、それが私の最初の見解であったし、それを貫いた。彼の人生はフィクションのようであり、起こった出来事をつなぎ合わせるだけで充分だと考えた」。異邦人であったカルロスの視点から描いたことで、ヨーロッパのプチ・ブルジョワや極左テロリズムの実態を浮き彫りにし、彼らの運動のユートピアの終焉とカタストロフィー、その陳腐さを見事に映し出したのである。

取材・文:鈴木こより

取材後記:この特集上映のためにフランスから来日したオリヴィエ・アサイヤス監督は、上映前に自らサウンドチェックし、上映後のトークで2時間に及ぶレクチャーを行った。本作品に対する並々ならぬ監督の情熱と、上映後に残った客席の余韻とが相まって、会場は独特で刺激的な空気に包まれていた。

▼ 『カルロス 1部・2部・3部』作品紹介
監督:オリヴィエ・アサイヤス
制作:フランス/2010年/101分・107分・118分
この20年にわたって、世界中で最も調査、研究されてきたテロリスト、イリッチ・ラミレス・サンチェスの人生を描く。複数の偽名と人生を使い分け、当時の国際政治の複雑な動きを横断していったカルロスとは一体何者だったのか? 国際的な規模で起こった出来事、動きを見事に捉えながらも、親密な人間関係も繊細かつ官能的に描き上げたアサイヤスの最高傑作。(作品資料から抜粋)
公式サイト:http://www.carlos-movie.com/

▼ 鉛の時代/映画のテロリズム
期間:2011年11月29日(火)〜12月18日(日)
場所:東京日仏学院[飯田橋]
公式サイト:http://www.institut.jp/ja/evenements/11152

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