【LBFF】アベルの小さな世界
私見ではあるが、今回のラテンビート映画祭の最大の目玉だったのは、メキシコ出身の人気俳優ディエゴ・ルナの来日だろう。だが、直前にディエゴの都合がつかなくなってしまい、彼の来日はキャンセルに・・・(涙)。筆者の他にもがっかりしたファンも多いことだと思う。だが、ディエゴのフィクション監督作品第1作目である『アベルの小さな世界』の上映は、とても楽しみにしていた。
9歳のアベル(クリストファー・ルイス・エスパルサ)は、父親が家出した後、人と話すことをやめてしまい、入院生活を余儀なくされている。だが、自宅に戻ってしばらくして、ある日突然、父親のような口ぶりで話し始める。母も姉も弟も戸惑いながらも、次第にそんなアベルを受け入れるようになる。
アベルの妙に大人びた口調や態度に、観客からはたびたび笑いが起こった。確かにその様子は愛らしくてユーモラスではあるが、筆者はどうしても心から笑うことができなかった。それは、アベルが意図して父親の真似をしているのではなく、心の病がなせる業ゆえの行動だから、だ。幼い子供の心にこんな負担を与えた父親に対して、否応なく憤りを感じてしまう。アベルが愛らしければ愛らしいほどに、その思いは増幅されていく。
そして、アベルの病気の原因となった父親ときたら、2年ぶりにふらっと帰ってきたものの、これがどうしようもないオトコだ。アメリカに出稼ぎに行っていたと主張するが、家への仕送りもせず、若い愛人のところに入り浸り、子供まで儲けていたのだから。
だらしない父親とアベルを比較すると、はるかにアベルのほうが頼もしい。悲しいことに、父親はアベルに嫉妬する。妻も子供たちも、自分よりもアベルを頼りにし、本来なら自分が座るべき家長の座を、アベルに奪われたように感じたからだ。そして父親は、再びアベルを入院させようとする。
そんな幼稚な父親に比べ、母親はアベルへの愛情を全身からみなぎらせている。その愛情は、彼女の生きるエネルギーの根源であり、スクリーンからはみ出るんじゃないかと思うほど、大きく深くて、強くて輝いている。本当に太陽を思わせるような存在だ。アベルがどんな状況に陥っても、彼への愛情は揺らぐことはない。
このように、父親と母親の対比が面白い。やはり、母親は強い生き物なのか。父親が自分の行為を棚に上げて、自分の不在時の妻の過ちを責めるが、「私だって女なのよ!」と開き直る(?)度胸の良さ。ルナ監督(ここはあえてディエゴではなく、ルナ監督と呼ばせていただく)は、アベルの繊細な心で捉えた家族の情景を通して、母性愛を描くことに成功している。本作は、ルナ監督による溢れんばかりの母親賛歌なのだ。
Text by:富田優子
オススメ度:★★★☆☆
原題:AVEL
製作年:2010年、製作国:メキシコ
監督:ディエゴ・ルナ
出演:クリストファー・ルイス・エルパルサ、カリナ・ギディ、ホセ・マリア・ヤスビック
公式サイト:第7回ラテンビート映画祭