【TIFF_2011】「ひかりのおと」日本映画・ある視点部門にふさわしい意義深い映画
地方で生活を営む人達をリアルに表現した映画、実はなかなかないと思う。都会の人から見たらつまらないと思える様なしがらみに、どうしようもなく捕らわれる地方の現実。それは映画というジャンルを考えると、夢のないつまらない内容に終わってしまう危険を孕んでいる。それを映画にし、現実を表現してくれた事に、田舎の生まれの自分は感謝したいと思うのだ。
音楽をやりたいと東京に行ったが、父親の怪我と世継ぎの長男という責任で実家の酪農家を継ごうとする主人公の狩谷雄介。雄介の恋人で、若くして逝った夫の夏生との間に幼い息子がいる陽子。(陽子は、夏生の「家」にとっては自分の子が唯一の跡継ぎであるため、陽子が息子とともに暮らすには今の生活を続けるしかなく、雄介との関係をコントロール出来ないでいる。)雄介のおじで、夏生と共同で酪農を営もうとしたが夏生が亡くなり、酪農を引退した義行。そんな悩める20代後半~40代前半の地方では若者の部類に区分される人達を中心に、生活感としがらみが満載の話しが進む。
自分も田舎出身だから、この映画にはとても共感を覚える。この映画に出てくる、雄介の妹と一緒に実家にきた妹の彼氏。東京でフリーターしてる妹の彼氏が言う「俺こういう田舎憧れるんすよね~」という、田舎の厳しい現実を分かっていないセリフ。今、世の中全体がこの若者の様になっている様な気がして仕方ない。都会から見たら、何で儲かりもしない酪農を続けるのか、何で長男だからって嫌々家を継がなきゃいけないのか、何で好きな人同士が一緒になれずに家を継ぐなんて理由で息子を手放すって話しになるのか、全てが意味不明でもしかしたら映画観てる人は不愉快になるのではと心配になったくらい。もうはっきり言ってしまうが、この映画にはエンターテインメントとしての映画という意味での華は、皆無に近いと言ってもいい。
でも、この映画は素晴らしい映画なのだ。理屈じゃない。田舎とはこうしたもの。それが田舎の人間には痛いほど分かる。酪農の悲しいくらいの儲からなさを語る義行の話しも、酪農を継いで欲しいけど悩んでいる息子を見るに見かねて継がなくてもいいと言う主人公の父親も、亡くなった息子の嫁の陽子に申し訳ないと思いながらも跡取りはその孫しかいないと言う陽子の義理の母親も、例え都会の人には理解出来なかろうとも深刻に田舎の人が感じている悩みなのだ。こういう、田舎特有のよくある悩みを、エンターテインメント抜きにストレートに映画にしてくれた事。これこそが、日本映画・ある視点というカテゴリーにふさわしい映画だと思う。東京国際映画祭で上映されるにふさわしい、意義深い映画と言える。
余談だが、自分が勤めている会社の岡山市出身の後輩に、この映画の舞台の岡山県真庭市って知ってる?と今日聞いてみたが、なんとなく分かりますけど詳しくは知らないですね~と言われた。自分も、出身地を言ってもどこ?って言われる様な町で生まれた人間。同じ県出身でも知らない場所があるのは、悲しい事だけど当たり前かもなと思う。でも、自分が知らない町にもこの映画の様に悩み、苦しみ、不安だったり自分が何者なのか分からなかったりしてしまう同じ人間が生きている。そこに思いを馳せる事で、人は賢明にもなれるし思い遣りも持てる。そんな事を感じた映画だった。エンターテインメントで考えて★3つだけど、自分の中では★5つの映画。そういう映画が、一番愛着持てる映画なんだよね。
おススメ度:★★★☆☆
Text by 石川達郎
2011年/日本映画//89分
出演:藤久善友 森 衣里 真砂 豪 佐藤豊行 中本良子 佐藤順子 辻 総一郎 坂本光一 大倉朝恵 浅雄 涼 大塚雅史
脚本・監督:山崎樹一郎
ひかりのおと公式サイト:http://hikarinooto.jp/
東京国際映画祭公式サイト:http://2011.tiff-jp.net/ja/
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