ロッテルダム国際映画祭で賛否を呼んだ問題作「アジアの純真」主演女優・韓英恵さんインタビュー
2011年のロッテルダム国際映画祭で「白黒の奇跡」とも評された本作は、若い男女が自転車に乗って世界と戦うというロードムービーだ。北朝鮮による拉致事件で反朝鮮感情が蔓延していた2002年の日本が舞台であり、日本人のチンピラに殺された在日朝鮮人少女とその妹の二役を韓さんが演じている。その殺害現場で見て見ぬフリをしてしまった日本人高校生(笠井しげ)とともに、怒りと屈辱にまみれながらパンクな旅に突入するという物語。
韓さん自身も日本人と韓国人のハーフであり、差別を受けた経験があるという。10歳の時に『ピストルオペラ』(鈴木清順監督)でデビューし、その後も名だたる監督のもとでキャリアを積み上げてきた個性派女優であるが、これほどまでに自分の経験を役に投影したことはなかったという。撮影されたのは2年前。18歳の高校生だった当時のことを中心に、“これまで”と“これから”について伺った。
——差別やテロなど過激な描写も含まれますが、当時18歳だった韓さんが出演を決めた理由と、その時の気持ちを教えてください
私はハーフなんですが、日本人の小・中・高校に通っていました。その中で差別を経験したこともあるし、自分がされたことを他の子にやってしまったこともあります。(いじめの)標的になることを避けるため、というのもありました。ハーフであることを隠そうと、参観日に父親を呼ばなかったり、学校に提出する書類の保護者欄には母親の名前を書いていた時期もありました。高校生の時は父が嫌いでした。ただ韓国人という理由だけで。自分も差別してたんですね。とにかく逃げるように生きていたのですが、この映画の台本を読んだ時、今の自分と重なると思ったんです。映画でも憎しみの連鎖というものが描かれていますが、この映画を通して自分自身を見つめ直してみようと思いました。でも、差別やテロなど過激な内容が含まれているので一般公開は難しいかな、とも思いました(笑)。
——10歳の時から“韓”さんという名前で活動されていますが、そのような苦悩があったとは・・・
“韓”は父方の名字で、普段は母方の名字を使っています。実はこの名前を使うのを決めたのは、デビュー作『ピストルオペラ』(01)の鈴木清順監督なんです。台本には日本名で書かれていたんですが、監督から急遽「韓英恵でいけ」と言われ、結局クレジットもそうなりました。反論はできませんでした(笑)。
——本作では二役を演じられていますが、役作りは苦労されましたか?
自分の中にある、これまで経験してきたこと、内側にずっと隠してたことを役に投影させたことが一番の役作りになりました。ただ、これを撮ったら女優を辞めようと思ったぐらい、肉体的にも精神的にも一番辛い作品でした。極寒の1月で、短いスパンのギュウギュウのスケジュールで撮りました。でも出来上がった作品を見ると、また頑張ろうって思っちゃうんですけどね。映画って不思議ですね。
——ロッテルダム国際映画祭では満席だったと聞いていますが、観客からの質問で何か印象的なものはありましたか?
「なんでモノクロなの?」と訊かれました。監督がその場にいなかったので、「白と黒は混じり気のない、何も色を入れていないピュアな色だから」と、私が代わりに以前監督から聞いていたことを答えました。
あと、「アジアのことはよく知らないしヨーロッパにはヨーロッパの差別の問題があるからそっちを重視してしまうけど、こういう問題はどこの地域にもあるんですね」と言われたりもしました。
——出演を決めるとき、作品にたいして何かこだわりや基準などはありますか?
自分が知っている感情が演じる役の中でどう生きるのか、その作品の中に自分が演じる意義があるのかどうか、今までもこれからもそれが基準になっていくと思います。
——現在は大学生で学業との両立のために女優業をセーブされているとか。卒業後はどのように活動をしていきたいですか?
映画が好きなので、映画にはたくさん出たいです。幸いにも事務所や周りの方が自分の考えを尊重してくれて、とても大事にしてくれているので、感謝の気持ちを忘れずに、これからも自分の存在が息づいていけるような作品に出ていきたいです。大学を卒業したら、映画以外にも活動の場を広げていきたいですね。
「どうやったら世界は変わるの?」と喧嘩するシーンからカラオケのシーンまでの流れが好きなので、そこはぜひ観てもらいたいです(笑)。あと、反日映画と言われることもあるのですが、私はそうじゃないと思っています。テロとか拉致を正当化している映画ではないし、間違いに気づいてそれを直そうとするんだけど、思いがけないところで、スイッチひとつで、世界は変わってしまう。そういう世界を変えるにはどうしたらいいのか、ということを一緒に考えていけるきっかけになればいいなって思います。
取材後記
韓英恵さんを知ったのは是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)だった。不登校の女子高生を演じた彼女は、弱者の心を優しく照らす光を放っていた。本作ではそれとは全く違うタイプの女子高生を演じているのだが、やはり他人の痛みに感応して強い光を放っていた。彼女はネガティブな空気を光に変えられるような雰囲気をもつ女優だと思うし、今回のインタビューを通して、その理由がわかったような気がする。『アジアの純真』は片嶋一貴監督をはじめ制作陣の気概が感じられる作品だ。
映画『アジアの純真』は10月15日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショー!11月5日よりシネマスコーレ(名古屋)、12月3日より第七藝術劇場(大阪) 他、全国順次公開!
▼『アジアの純真』トークイベント情報▼
10月15日(土)17時からの回上映前/21時10分からの回上映前
初日舞台挨拶:韓英恵、笠井しげ、井上淳一(脚本)、片嶋一貴監督
その他の日程など、詳細はこちらから↓
http://pureasianproject.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
脚本:井上淳一
監督:片嶋一貴
出演:韓 英 恵、笠井しげ、黒田耕平、丸尾丸一郎、川田 希、澤 純子、パク・ソヒ、白井良明(ムーンライダーズ)、若松孝二
2009年/35mm/108分/白黒
配給:ドッグシュガームービーズ
企画・制作プロダクション:ドッグシュガー
製作:ドッグシュガー、ロード・トゥ・シャングリラ、HIP
公式サイト:http://www.dogsugar.co.jp/pureasia
(C)2009 PURE ASIAN PROJECT
韓英恵さん公式サイト:http://www.dogsugar.co.jp/hanae-kan.html
インタビュー取材:鈴木こより
2011年11月6日
「アジアの純真」 見て見ぬふりの曖昧な取り扱いに喝采…
「アジアの純真」をシネマスコーレにて見てきました。この題は、Puffyの「アジアの純真」から取られていて、映画でも歌が着信とカラオケシーンと歌い聴かせで使われています。映画の英題はPure Asiaのようですが、Puffyの方は普通に英訳するとPure Heart of Asiaで公式にはAsia No Junshinとされている。映画の英語タイトルが適当に付けられたのか、Pure Japan、Pure Korea、Pure Chna、Pure Asia、Pure Amerika etc. を揶揄っ…