「ツレがうつになりまして。」困難なときを生きる、すべての人へ

売れない漫画家のハルさん(宮﨑あおい)と几帳面なサラリーマンのツレ(堺雅人)は結婚5年目の夫婦。ある朝、ツレが突然ナイフを手に「死にたい…」と言い出す。いつもと違う夫の様子に驚く妻。診察の結果、ツレがうつ病だったことがわかり…。原作は細川貂々のエッセイコミックで、原作者夫妻に実際に起こった出来事に基づく物語。『半落ち』の佐々部清監督がメガフォンを取った。

ツレの病気の描写は結構リアルである。演じている堺雅人も、役作りでかなり体重を絞ったようだ。食欲がない、眠れない、電車に乗れない、新聞が読めない、電話が怖い、得意だった家事もできない。と思えば突然元気になったり、ひたすら眠ったり。薬もすぐに効かない。良くなったり悪くなったりを繰り返す。症状も千差万別だ。だから、変だなと思っても、それがうつ病だとは気付かない人も多い。誤解や偏見もある。描写に悲壮感はないけれど、自分自身がうつ病だったり、身近にうつ病にかかった人を見ている人ならば、このリアル感は少々キツいかもしれない。

が、本作は単に「うつ病とは何ぞや」を知らしめるだけの映画ではない。「闘病モノ」でもないと私は思っている(そもそも「闘って」いないし)。物心ともにツレに頼り切っていた漫画家のハルさんは、生活のために自身の仕事と真正面から向き合うことになる。変化を余儀なくされるふたりの生活。それでも生きていかねばならない現実。3.11以降、時として人生には過酷な試練や運命が訪れることを、私たちは身をもって経験している。本作は、うつ病に苦しむ夫とその妻の姿を丁寧に描きながら、そんなときの心のありようをひとつ例示してくれていると思う。

印象的な場面がある。同時期に結婚式を挙げた人々が集った教会で、ふたりがスピーチをするシーンだ。ハルさんが結婚式の誓約の言葉を口にする。「その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを助け、これを慰め…」。途中で言葉が詰まる。何と重い契約なのだろう。でも今ふたりは、まさに逆境にあって、しかし交わした誓いのとおりに、ここにいる。その尊さに、私は思わず涙してしまった。

「妻のために良くなろうと思っていた。でも、今は自分のために良くなろうと思う。どんな瞬間でも、人は自分を誇りに思う権利がある」とツレは言う。

この映画を観終わって、私はひとつの言葉を思い出した。「A弦が切れたら残りの三本の弦で演奏する。これが人生である(ハリー・エマーソン・フォスディック)」。…まったく、生きるということは生易しいことではない。でも、だからこそ、それでも生きていこうとする自分に誇りを持っていいんじゃないだろうか。本作が伝えたいメッセージ。それは、うつ病患者やその家族だけではなく、困難なときを生きるすべての人間に向けられたものであると思うのである。

オススメ度 ★★★★☆

Text by 外山 香織

原作:細川貂々「ツレがうつになりまして。」「その後のツレがうつになりまして。」「イグアナの嫁」(幻冬舎文庫)
監督:佐々部清
出演:宮﨑あおい、堺雅人、吹越満、津田寛治
2011年/日/121分
公式HP http://www.tsureutsu.jp/index.html

(C)2011「ツレがうつになりまして。」製作委員会

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