「ゴーストライター」異才監督R・ポランスキーが炙り出した、人間の不可解さ
英国元首相ラング(ピアーズ・ブロスナン)の自伝の執筆を依頼されたゴーストライター(ユアン・マクレガー)。イギリスを離れアメリカ東海岸の孤島でのインタビューと執筆活動に取り組んでいたが、ラングが戦争犯罪に関与していた疑惑が浮上。さらに謎の死を遂げた前任者が集めてきた資料を入手した主人公は、ラングの過去に疑念を抱き始める…。
ゴーストライターとは、文章や作品を代作する人のこと。彼らは、対象となる人物を深く洞察し、他人に成り代わっていく。自分を殺し、あるいは無色透明化して同化するという感覚なのだろうか。主人公がラングに自己紹介する時、“I’m your ghost”と言ってドン引きさせてしまうのだが、実はこの言葉、職業のみならずこの映画をも象徴するキイワードになっている。しかも、ゴーストライターには名前が与えられていない。原作小説がその設定で書かれてるのだが、劇中でも主人公は一度も名前を呼ばれないのも面白い。
そんな名もなき主人公が、国家を揺るがす政治的事件に巻き込まれていく「ポリティックサスペンス」。とは言え、謎解きや政治ネタが中心ではない。本作はむしろ、主人公がある男の真の姿を掴もうと右往左往するさまを通して、人間こそが最大の謎なのだということを提示している。同化しようとすればするほど見えなくなるラングは主人公にとっての「ゴースト」だ。彼を駆り立てるのは事件の真相ではなく、人間への興味そのもの。しかし、他人の心の深淵を覗き込もうとすれば、自分にも跳ね返ってくるのが道理。結果的に彼はラングにまつわる重要な事実を掴むのだが、これがまた不気味な結末となっている。ある大きな目的のために、人はどこまで自分を犠牲にできるのか。本来の自分ではない人間になりきれるものなのか。主人公、ラング、そしてその妻ルース。人間の不可解さ、曖昧さ、空虚を残して、この映画は終わる。
原作者のR・ハリスは、監督と共に映画の脚本にも名を連ねている。ラングのモデルは英国元首相トニー・ブレアとも目され、夫よりも妻の方が才が立つのでは?と言われた点も似ている。一方、自国に戻ると逮捕されてしまうラングの設定は、監督自身の境遇そのもの(30年以上前の淫行事件の罪で、アメリカに戻ると逮捕される可能性がある)。映画は、小説とは異なるラストという触れ込みだが、観終わってなるほど、幕引きは非常に映画的。原作小説で描かれた細かい描写もバッサリ切り、展開はすこぶる速い。映像的にもスタイリッシュで、音楽の使い方も秀逸。主人公の心の不穏さが伝わってきて、観ている方もゾクゾクしてしまう。2010年ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀監督賞)受賞作。ぜひスクリーンで堪能して欲しい。
オススメ度 ★★★★☆
Text by 外山 香織
原作:ロバート・ハリス「ゴーストライター」
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロバート・ハリス、ロマン・ポランスキー
出演:ユアン・マクレガー、ピアーズ・ブロスナン、キム・キャトラル、オリヴィア・ウィリアムズ
2010年/仏・独・英/128分
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