水曜日のエミリア 

愛すれば愛するほど、心が離れていってしまうのはなぜ?

水曜日のエミリア正直言って、エミリア(ナタリー・ポートマン)という女性には共感できない。法律事務所に新人弁護士として就職、妻子ある上司に恋をし、やがて妊娠、結婚。ところが結婚してみれば、幸せになるどころか不満ばかり。義理の息子とはうまくいかず、夫や実母ともぶつかってばかりいる。いつもストレートに自己主張し、自らを曲げることはない。その裏返しに、周囲から「略奪婚」と囁かれても、気にしないふりをしてやり過ごす強さも持っているのだが。

正直、最初は映画を観ていてどうしようかと思ったりもした。確かに生まれて3日で我が子を失ったのだから、その傷が深いことはよくわかる。赤ちゃん用の部屋をそのままにしておきたいという気持ちもわかるし、その気持を小学生の義理の息子に踏みにじられて、辛く当るのもわかる。それにしてもどうしてこんなにも頑ななのかと。

夫(スコット・コーエン)との出会いから現在までの回想シーンは、残念ながら駆け足過ぎるし、かつ平凡で、エミリアの気持ちの変化を知る手掛かりにはならない。果たして迷うことさえなく道を進んできてしまったのだろうかと、疑問ばかり感じる。それゆえに、「そもそも略奪婚なのに…」という思いが付きまとってしまうのだ。

ただ、その中に彼女の内面が垣間見られるシーンがひとつだけある。それは、未来の夫から初めて息子(チャーリー・ターハン)を紹介されるシーンだ。エミリアは彼らより少し遅れて待ち合せ場所に到着する。子供へのプレゼントを買うのに時間がかかってしまったからだ。でも結局選んだのは、大きな動物の縫いぐるみ。相手は、8歳の男の子である。失望するのは当たり前だ。もし子供へのプレゼントがこれだけだったとしたら、この人物への失望はますます大きくなってしまったことだろう。時間に遅れそうになって、まるで慌てて買ってきたかのようにさえ見える。けれども、彼女はもうひとつプレゼントを用意していた。そこから実は迷っていて時間に遅れたことがわかってくる。子供とうまくやっていけるのか、エミリアの不安な胸の内がようやく透けて見えたような気がした。

彼女が、とりわけ子供に対して不安を感じるのは、判事である父親(マイケル・クリストファー)との確執からである。幼い時に、離婚して家を出て行ってしまった父親。絶対的に信頼していた父親が、こともあろうか浮気をして自分を捨てて行った。そのことが許せなかった。それでいて、彼女はハーバードを出て、父親と同じ弁護士という職についている。そのあたりに、父親への愛憎半ばする複雑な彼女の気持ちが見て取れる。親とうまくいっていない者は、往々にして、子供とうまくやっていけるのか不安があるものである。それでもエミリアは自分の家庭こそは、夢に描いたものであってほしいと願っていた。ある意味それは子供っぽい夢であったかもしれない。彼女が「愛する者に厳しすぎる」原因は、ここにあると見ていいだろう。そこに襲った赤ん坊の死という悲劇が、彼女をさらに頑なにしてしまったのだ。

水曜日のエミリアこの作品で最も興味深く、重要であると思われるシーンは、セントラル・パークに夫、子供、両親、友人たちと出かけるところである。そこでは、毎週メモリアル・ウォークというイベントが行われている。赤ん坊を亡くした親たちのためのもので、非営利活動法人が主催している。
赤ん坊を亡くした親たちの傷を癒し、早く立ち直ってもらおうというのが目的だ。受付で亡くなった子供の名前を言うと、プログラム、風船、メッセージカードなどが配られる。子供たちの名前が読み上げられる。親たちは子供の魂に見立てた風船を手に園内をいっしょに歩き、一日ピクニックをする。最後に池に水に溶ける船を浮かべ、子供たちを送り出す。まるで日本の精霊流しのようでもある。これは実際全米各地で、色々形を変えて行われているようだ。映画の原作はどうなっているのかわからないし、確かなことは言えないのだが、作品のアイデアの出発点は、ここにあるような気がする。

 このシーンで、エミリアは、友人たちがいるのも構わず爆発し、他の人たちとは離れてひとり、池の前に座り込む。その彼女の居場所こそが、エミリアの心の中の風景そのものを象徴しているようだ。愛したい思いが強ければ強いほど、彼女は人から離れて行ってしまうのである。
彼女の心の中は、いわばコップに入っている水が、いつも10分目の状態なのだ。だからテーブルが揺れると、すぐに水がこぼれ出してしまう。いっぱいこぼれて、周りを水浸しにして人を遠ざける。そんな時、布巾をそっと差し出す思いやりのある他人もいる。けれども、それでテーブルを拭けるのは自分自身しかいない。そのことに気がつかない限り、彼女は愛と信頼を回復し、前に進むことができないのだ。それは大人になるということを意味している。ファザコンを克服してひとりの大人の女性に。・・・これは、そんな不器用なひとりの女性の葛藤のドラマである。

Text by 藤澤 貞彦

オススメ度★★★☆☆



製作国:米 製作年:2009年
監督・脚本:ドン・ルース
原作:アイアレット・ウォルドマン
出演:ナタリー・ポートマン、スコット・コーエン、チャーリー・ターハン、リサ・クードロー
配給:日活
(C)2009 INCENTIVE FILM PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:http://wed-emilia.jp/
7月2日 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開

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