「バビロンの陽光」モハメド・アルダラジー監督インタビュー~イラクを改めて発見してほしい


2003年、フセイン政権崩壊から3週間後のイラク。行方不明の息子を探すため、年老いた母親が12歳の孫を連れて旅に出た。クルド語しか話せない老婆と、父の顔も知らない少年は、さまざまな出会いを経験しながら、過酷な現実と向き合っていく。瑞々しい映像とともに、過酷なイラクの姿を描き出した『バビロンの陽光』は、ベルリン映画祭でアムネスティ賞と平和賞を同時受賞するなど、高い評価を得た。
東日本大震災と福島第一原発事故等の影響で海外ゲストの多くが日本行きを敬遠するなか、来日を果たしたモハメド・アルダラジー監督にお話をうかがった。

作品に込められた数々の想い
サダム・フセインによる独裁政権の下、過去40年間で150万人以上が行方不明となっているイラク。300の集団墓地から、何十万もの身元不明遺体が発見されている。
12年間行方不明の息子を探している主役の母を演じるのは、実際に子どもと夫を失い、20年の歳月を、夫を探すことに費やしてきた経験を持つ女性だ。自分自身のつらい人生をなぞっていく必要がある今作への出演は、相当に難しい決断だったはず。首を縦に振る決め手となったのは何だったのだろうか。
「最初は出演を拒まれました。説得に当たって彼女に伝えたのは、映画を通して彼女の声や、家族を失った他の女性たちの声が世界に伝わるかもしれないということです。ひょっとしたら、失った旦那様の行方も分かるかもしれない。このような可能性が、心に響いたのだと思います」
と監督は語る。
監督自身も、当時の政権によって家族4人を失っているという。同作には監督と、15年前に行方不明になった息子を持つ叔母の関係を映しこんだ。孫の少年アーメッド役には、監督自身の目線が反映されていると言える。演じる少年は、クルド人地域の小さな村で友達と一緒にいたところを見出された。
「彼は映画を見たことがなかったし、演技というものが何であるかも分からなかった。集団墓地のこともよく分からない、いや、知りたくない、という気持ちもあったと思います。挑戦を突きつけられると受けて立つタイプの男の子だったので、まるでゲームをするかのように撮影に入っていきました。一歩ずつ、キャラクターを発見していったのです」
主役の2人はプロの俳優ではないため、撮影は順撮りの方法で進められた。
「アーメッドの視点には、イラクを発見したいという気持ちが込められています。12歳という少年の年齢は、私にとってとても大切です。その年齢の頃の私も、アーメッドと同じようにイラクという国を知りたかった。日本の観客にも、アーメッドと同じように、改めてイラクを“発見”してほしいと思っています」

イラクの本当の姿に目を向けて
1978年生まれのアルダラジー監督。監督と同世代の日本人にとってイラクとは、まさに“戦争の国”のイメージではないだろうか。湾岸戦争にイラク戦争。連日テレビ中継された空爆の様子は、遠く離れた日本にいる私たちに、まるで“ゲーム”を見ているような錯覚さえ起こさせた。
「若い日本人にとって、やはり戦争のイメージが大きいというのは非常に悲しいこと。イラクは歴史があり、とても人間的な国です。日本の方々がこの映画をご覧になって、イラクという国を改めて認知していただけると嬉しい。また、私たちが発足させた無数の遺体の身元を調べるためのキャンペーン、『イラク・ミッシング・キャンペーン』(※1)にも目を向けてもらえたら」

■“モバイルシネマ”でイラクに映画を
幼い頃から映画が好きで、お小遣いがもらえるや、バグダッドの映画館に足を運んだという監督。
「ラマダン(断食)の後、まるでクリスマスのように大いにご馳走を食べる習慣があったのですが、その時にお小遣いがもらえました。それを手によく映画を見に行きましたが、貧しい家庭で育ったので、母親に『どうして映画なんかにお金を使うの?洋服などを買えばいいのに』と言われたものです」
と笑う。
悲しい話だが、現在のイラクにはもう映画館がない。
「湾岸戦争以前には275館ほど営業していましたが、1991年の爆撃ですべて破壊されてしまいました。それ以降は、国連によるボイコットや制裁が加えられた影響で、映画の輸入ができなくなった。2003年に再度戦争が勃発してからは、かろうじて残っていた映画館も破壊されてしまいました」
また、映画館に行くこと自体が危険な行為だという。
「大勢の人が集るので、ターゲットになりやすいですから。だから私は全国で映画を上映してまわる“モバイルシネマ(移動映画館)”を立ち上げたのです」
映画への監督の愛情がうかがえる活動だ。もう一つ監督が目を輝かせたことがある。
「アーメッド役の少年は、この作品に出演したことでカメラマンを志望するようになりました。出演のないシーンではカチンコもやっています。(少年は)あと高校に3年通いますが、その後で本当に撮影を学びたいのであれば、なるべく夢を叶える手助けをしたい」
少年は学校の成績も優秀で、絵も上手なのだと、誇らしげに教えてくれた。少年が将来、イラクの映画界を背負って立つようなカメラマンになることを期待していると告げると、
「私もそれは大いに願っているところです」
と父親のような顔で笑った。

悲しい現実と向き合う人々の姿を、瑞々しい映像のなかに描きだしたアルダラジー監督。そこには、私たちが知らなかったイラクの本当の姿が映っている。度重なる戦争で、瀕死の状態となったイラクの映画産業。その行く末に明るい光を灯す才能を、映画館で確かめてほしい。

(※1)「イラク・ミッシング・キャンペーン」http://www.iraqsmissing.org

Text&Photo:新田理恵

▼プロフィール▼
モハメド・アルダラジー(Mohamed Al-Daradji)
1978年、バグダッド生まれ。バグダッドでファインアートを学んだ後、オランダで映画・テレビの制作を学ぶ。その後、イギリスで撮影と演出の修士号を取得。2003年フセイン政権崩壊後、イラクに帰国し『夢(Ahlaam)』を初監督。同作は125の国際映画祭で上映され、22の賞を受賞した。次回作として、女性自爆テロリストについての物語「The Train Station」などを製作中。

▼作品情報▼
「バビロンの陽光」(英題:Son of Babylon)
【監督・脚本・撮影】モハメド・アルダラジー
【出演】ヤッセル・タリーブ、シャーザード・フセイン、バシール・アルマジド

2010年/イラク・イギリス・フランス・オランダ・パレスチナ・UAE・エジプト合作/90分
©2010 Human Film,Iraq Al-Rafidain,UK Film Council,CRM-114

6月4日(土)より、シネスイッチ銀座他全国順次公開
公式HP http://www.babylon-movie.com/

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  1. soramove

    映画「バビロンの陽光」それでも生きていく…

    「バビロンの陽光」★★★★ ヤッセル・タリーブ、シャーザード・フセイン、 バシール・アルマジド出演 モハメド・アルダラジー監督 90分、2011年6月4日より全国公開, 2010,イラク、イギリス、フランス、オランダ、 パレスチナ、UAE、エジプト (原作:原題:SON OF BABYLON ) →  ★映画のブログ★どんなブログが人気なのか知りたい← ベルリン国際映画祭で アムネスティ国際映画賞・平和映画賞をダブル受賞 「監督はインタビューに答えて、 イラクには映画館がありませんと言う、 いつもこ…

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