【未公開映画ファイルVol.2】奥さまは名探偵 ~パディントン発4時50分~

カトリーヌ・フロの魅力全開!

奥さまは名探偵パスカル・トマ監督のアガサ・クリスティシリーズ、これが第三弾となる。
トミーとタペンスのおしどり夫婦探偵シリーズの「親指のうずき」をフランス風にアレンジした『奥様は名探偵』、有名な探偵が登場しない『ゼロ時間の謎』、そして『奥さまは名探偵 ~パディントン発4時50分~』。この作品は、カトリーヌ・フロ、アンドレ・デュソリエのおしどり夫婦探偵モノとしては第二弾となる。

『奥さまは名探偵 ~パディントン発4時50分~』の原題は、「LE CRIME EST NOTRE AFFAIRE(犯罪こそ私たちのビジネス)」なのだが、これは、もちろん、ミス・マープルシリーズの「パディントン発4時50分」に他ならない。フランスが舞台なので、ロンドンのパディントン駅は出てこないし、「奥さまは名探偵」というくらいだから、ミス・マープルも出てこない。前作『奥さまは名探偵』は引退したトミーとタペンスのその後の活躍を描いた正真正銘のクリスティー作品をそのまま映画化したものだったのだが、原作シリーズはそこでお終いとなっているため、別の作品からストーリーを借りてくる必要があったものと思われる。

アガサ・クリスティシリーズ前二本は劇場公開されたのだが、三本目にしてついに劇場未公開になってしまったのは、大変惜しまれる。というのも、シリーズの中で、この作品が一番面白いのである。前作『奥様は名探偵』は、トミーとタペンスをベリゼールとプリュダンス・ベレスフォード夫妻という名前に代えてフランス風にアレンジしたものだったが、それでも「親指のうずき」という原作の枠からは逃れられない部分もあった。それに較べて本作は、トミーとタペンスにはこだわらなくていいということもあってか、原作から見事に解放されている。

原作では、パディントン駅発の列車に乗った老婦人が、たまたま後方から走ってきた列車が追い越していくところ、並んだその一瞬に殺人が行われているのを目撃してしまったというところから始まる。それを聞いたミス・マープルは、殺人が行われたであろう場所の程近いところに、死体の隠し場所には最適と思われる大きな屋敷があるのを発見、知り合いの若い家政婦を屋敷に遣わせ、事件を探ることに。

一方、奥さまこと、プリュダンス・ベレスフォードにとっては、元々が退役軍人の夫との平和な生活に、退屈の日々を過ごしていたところに降ってわいた殺人事件であった。事件を目撃した親戚のおばさまが、その模様を自ら首を絞められる仕草までして再現すれば、もう事件のことで頭が一杯になってしまう。そこで、夫には内緒にしたまま、しかも未亡人と偽って見事屋敷に潜入、「家政婦は見た」の市原悦子のように、好奇心丸出しで捜査を開始する。夫は、難事件と判断した地元警察の要請を受けて、警察のお手伝いという形で、後から屋敷にやってくる。

最初、夫は不機嫌である。クリスマスが来るというのに、勝手に屋敷に入り込んで探偵ごっこに夢中になっている妻。しかも自分は死んだことにされていたのだからたまらない。怒りをぶつけたいところである。しかし、妻が未亡人と偽って家政婦として潜り込んだ都合上、ふたりいっしょに捜査をしていても、最後までその秘密を明かすことはできない。それゆえ、屋敷の人たちの前で他人行儀で話をする時には、感情を隠しつつも、ちょっとした皮肉や意地悪な言葉が混じり合っている。それがたまらなく可笑しい。ふたりの俳優の夫婦問答、呼吸が見事である。監督自身もこのふたりに惚れ込んで映画を撮っていたのではなかろうか。

だから、主役はベリゼールとプリュダンス・ベレスフォード夫妻。犯罪は、むしろ脇役に追いやられている。作品の大半が、カトリーヌ・フロ(『地上5センチの恋心』)とアンドレ・デュソリエ(『クリクリのいた夏』)の魅力に委ねられているといっても過言ではない。「フランスの人間はね、笑わない日というのは、失敗の日なんですよ。1日たりとも楽しいことを欠かすことは、ありません!」とは、パスカル・トマ監督の言葉だが、この作品は、ミステリーというよりは、文字通りそんな映画なのである。

ある意味この作品は、熟年夫婦が自分たちの愛を確かめるための冒険譚とも言える。平安であっても退屈な日々。夫は、大佐まで勤め上げた、真面目な軍人。保守的で慎重、いつも大局を見ようと努めているような人。優しくて穏やかあんまり細かいことは気にしないような人。妻は、好奇心旺盛で常に動き回っていなければならないようなタイプ。思いついたらすぐ行動、直感に頼るような人。細かいところによく気がつくので、家政婦をやってみたら、意外に喜ばれてしまう。随分性格の違うふたりである。その違いが平安な日々においては、時に相手への漠然とした不満になってしまうこともある。

けれども、このふたりの性格の違いが、事件を解決する上では、大いにプラスに働いてくる。お互いが不足している部分を補い合っているからだ。ふたりも事件を追う過程でそのことに気が付いてくる。離れていても「あゝ、こんな時妻がいてくれたらなぁ、夫がいてくれたならなぁ」と、ついお互いに相手を求めあってしまうのだ。夫婦なのに屋敷の人間たちに隠れて秘密裏に会うというのも、ふたりにとって大いなる刺激になっている。署で話を聞くという口実を作って食事に連れ立って行くふたりは、まるで恋人同士のようである。これは、倦怠感を感じているすべての夫婦にとって、それを打開するためのちょっとしたヒント?になるかもしれない。

ストーリーについては、ミステリーなので触れないでおこう。大分端折られてはいるが、大筋では原作に沿って話は進んでいく。屋敷という密室空間の中、犯人と殺される者がいて、一体誰がどちらの側なのか最後までわからない。ただミステリーとしては、少々荒っぽいかもしれない。その代わり屋敷の人たちの個性あふれる面々については、充分に配慮がなされ、じっくり描かれている。配役も豪華だ。屋敷を切り盛りするしっかり者の長女にキアラ・マストロヤンニ(『クリスマス・ストーリー』)、その兄弟にメルヴィル・プポー(『クリスマス・ストーリー』)、クリスチャン・バディム、ケチで偏屈な父親役にベテランのクロード・リッシュ(『薔薇のスタビスキー』)。特にキアラ・マストロヤンニとクリスチャン・バディムは共にカトリーヌ・ドヌーブの子供たち。姉弟の映画初共演には、興味津津である。

オススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦




監督: パスカル・トマ
出演:カトリーヌ・フロ、アンドレ・デュソリエ、
キアラ・マストロヤンニ、メルヴィル・プポー、
クリスチャン・バディム、クロード・リッシュ
原題:LE CRIME EST NOTRE AFFAIRE
2008年/フランス/119分
リリース: ファインフィルムズ
発売日:2011年5月3日

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