「飯と乙女」栗村実監督インタビュー~やっぱり人間はゴハン食べてがんばらないと

「食べる」という行為から逃れることのできない私たち。それゆえに、食べることの幸せ、喜び、楽しみを描いた映画が数多く作られ、観客の食欲を刺激し続けてきた。しかし、食がもたらすのは喜びだけなのだろうか?
ブッダは言った。
「すべての苦しみはおよそ食糧から生ずる」
食べていくこと、生きていくことは苦しみでもある。そんな食のもうひとつの側面を描いた映画が『飯と乙女』だ。長編デビューとなる本作が、ベルリンやモスクワなど世界の映画祭で賞賛された栗村実監督に話を伺った。

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料理を愛し、料理を食べてもらうことが生き甲斐の女性と、他人の作ったものが食べられない男性。ストレスで過食症になった彼女と、ストレスの源である働かない彼氏。大食漢の妻と、経営難の会社の社長で家族を食べさせていくことに悩む夫。本作で描かれる食の苦しみを抱えた男女3組の人間模様は、リアルで痛々しく、また可笑しくて愛しくもある。それはきっと、それぞれの境遇が他人事とは思えないから。栗村監督自身、何か“食から生じる苦しみ”を味わった経験があるのだろうか?監督はこう振り返る。
「登場するキャラクターが抱えている問題は、私が過去のどこかの時点で抱えていたり、感じていたりすることを膨らませて作っています。例えば、他人の作ったものが食べられないというエピソードですが、小さい頃の私にその傾向があったので……。親戚の家に行って、『お食べ』と食べ物を勧められても食べないイヤな子どもでした(笑)」
また、過食症の女性の撮影に際しては、演じる田中里枝さんも過去に周りにいた過食症の人から聞き知った体験談を生かし、繊細な演技に反映させたという。家族を食べさせていくことに悩む男についても、
「私にも自分の会社がありますが、そういう不安感って、中小企業の社長さんなら誰でも持っているもの。何かに責任を持ってやっている人って、責任感の強い人ほど『自分はゴハンなんか食べていちゃいけないのではないか』という気持ちになる」
と語った監督。そのエピソードには、次のようなメッセージも込められている。
「不安と責任感で心が折れそうになっても、やっぱり人間、ゴハン食べて頑張らないと、そこでダメになってしまう。そういうループをしながら、みんな生きているのだろうなと思う」
食べては吐くことを繰り返す女や、驚きの“とんでも単一食材料理”(詳しくは映画を観てのお楽しみ!)を豪快にむさぼる男など、本作は生々しく、時にシュールな食行動の数々を映像で見せる。それと同時に、華やかな食べ物の色彩と“救済”を思わせるストーリーが、まるで極楽絵図を見ているような心の平穏も観る者に与える。
それは本作が、ブッダの言葉が記された『スッタニパータ』から着想を得て、食べることの苦と、そこからの救済を描いた仏教的世界観からくるのかもしれない。ベルリン国際映画祭(「食の映画」部門正式出品)や、モスクワ国際映画祭(最優秀アジア映画賞)など、海外でも高い評価を得た本作だが、「食から生じる苦」という仏教的コンセプトはどう評価されたのだろうか。
「とても面白い視点だと言っていただきました。西洋人でも、この作品のような視点を持っていないわけではない。よく考えると、いつも感じていることだったりする」
と監督は振り返る。
食の苦しみの側面を描きながら、3組の男女が迎える結末は、観ている私たちの心をほのかに温めるような慈愛に満ちている。
「映画として作る以上、悲惨なことが多いこの現実の世界で、映画を観て『やっぱり悲惨だよね』では意味がないと思う。本作の登場人物にも色んな岐路があって、悪い結末を迎える可能性もあったと思うが、そうじゃない方向を人は選ぶことができる。ただ単に現実を現実のまま描くのでは映画じゃないと思うので、『もう一回ゴハン食べて、やることやろう』くらいの、無理のない励ましになればと思って作りました」
と、監督は作品への思いを語った。

食べることは幸福だ。でも、それだけでは嘘である。例えどんな状況にあっても、人間は食べなければならない、食べることから逃れられない、そんなやるせなさを、東日本大震災を機に感じた人も多いのではないだろうか?栗村監督は何度か口にした――「ゴハン食べてがんばろう」。その通り、有難く食べてがんばろう!そう思える、今だからこそ観るべき作品である。

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★普段から料理が好きで、ペスカトーレやお酒のつまみなどが得意だという栗村監督。もちろん、食をテーマにした映画を観るものお好きだということで、お薦めの食の映画3本を、ポイント解説付きで挙げていただいた。

タンポポ』(監督:伊丹十三、出演:山崎務・宮本信子ほか)
<お薦めポイント>「とにかく食べるということが、人間関係にどういう影響力を持っているのかが面白く描かれている。本能的、肉体的に欲する、“食糧として食べる”ということを突き詰めている」

青いパパイヤの香り』(監督:トラン・アン・ユン、出演:トラン・ヌー・イェン・ケーほか)
「ルーティンな日常のなかで、自然に存在する料理すること、食べることの重要性が描かれている」

コックと泥棒、その妻と愛人』(監督:ピーター・グリーナウェイ、出演:リシャール・ボーランジェほか)
「言葉では説明しづらい映画ですが(笑)、これはもう、一番食をオブラートに包まず、食のダークサイドを綺麗に描いている。食べなきゃ生きられないから、そこで争いが生まれたり、より良いものを食べるために、人を犠牲にしたり……そんな生き物としての人間の側面を、美しく描いているのが素晴らしいところ」

『飯と乙女』にもつながる、栗村監督の食に対する世界観。劇場に足を運んだあと、これら3本をDVDで見直すのも面白そうだ。


<プロフィール>
1971年生まれ。国際基督教大学言語学科を卒業後、米ロサンゼルスのコロンビア・カレッジ・ハリウッド映画学科を終了。コーディネーターとして働いた後、帰国。ギャガ・コミュニケーションズには制作部に勤務した後、メディア・スーツにて『2046』(ウォン・カーワイ監督)等の作品に携る。フリーランスとして映像制作を始めた後、2005年に短編『スタジオワーク』を監督。同作は、07年SKIPシティ国際Dシネマ映画祭短編部門に入選した。05年3月にナインマイルズ株式会社(http://www.9miles.net/)を設立している。

▼作品情報▼
『飯と乙女』(英題:Food and the Maiden)
【監督・脚本・編集】栗村実
【撮影】ニホンマツアキヒコ
【料理】樽味朝子
【出演】佐久間麻由、田中里枝、岡村多加江、上村聡、岸建太朗、菊池透、    増本庄一郎ほか
2010年/日本/75分

6月中旬渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
公式HP http://www.9miles.net/meshiotome/

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