「ブラック・スワン」心の闇の深淵に潜むもう一人の自分
全身全霊で表現するとは、まさに『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンの芝居を言うのだろう。毎日5時間、10カ月におよぶバレエ・トレーニングをこなし、ハーバード大学で学んだ心理学の知識も動員して、過度の精神的重圧に押し潰されていく女性を演じきった。その身体や佇まいは、もはやバレリーナにしか見えないから凄い。
ニューヨークのバレエ団に所属するニナ(ナタリー)は、母親の熱烈なサポートのもと、バレエだけに人生を賭けてきた女性。そんな彼女に、母娘の悲願でもある「白鳥の湖」のプリマを踊るチャンスが訪れた。しかし、生真面目で感情を表に出すことの苦手なニナにとって、官能的な黒鳥は難度が高すぎる。さらに、自由奔放で魅惑的な新人ダンサーのリリー(ミラ・クニス)が出現し、ニナの精神状態は極限まで追い詰められていく。
まず、キャスティングが絶妙だ。真面目でプライドが高い優等生タイプの二ナ役は、天才子役として名を馳せ、名門大学で学位を取得したナタリーの姿にそのまま重なる。動物性のものを一切口にしないヴィーガンのナタリー。ゆえに華奢で、“美人だけど色気に欠く”イメージも役にぴったりだ(ファンの方、ゴメンナサイ)。一方のミラ・クニスは真逆の肉食・女豹系美女。サラダをつつくニナの横で、リリーが肉汁たっぷりのチーズバーガーにかぶりつくシーンは何とも魅力的で色っぽい。
自分にないものを全て持っているリリーという存在。それが二ナを苦しめる。官能的なダンスセンスだけでなく、食べたい物を食べ、セックスを楽しみ、クスリもタバコも吸う奔放さ。バレエのためにニナが抑圧してきた欲望を、すべて剥き出しにして生きている。リリーへのこだわりは、嫉妬なのか、羨望なのか、それとも恐れなのか……。ニナが抱く複雑な感情は、ナタリーによる表現が深く、暗く、的確であるほど、観客を息苦しくする。それは、『ブラック・スワン』で描かれる欲望の抑圧、他者への羨望といった感情や、過剰な愛憎で結ばれた母娘の問題が、決して我々とも無関係ではないから。ニナが己を追い込み、心の闇の深淵で見たもう一人の自分は、ひょっとするとあなたのもう一つの顔かもしれない。
最後に、見どころをもうひとつ。世代交代でプリマの座を追われる先輩ダンサーを演じるウィノナ・ライダーが良い。かつての青春アイドルにこれをやらせるとは、まったく痒いところに手が届きすぎる配役だ。出番は多くないものの、「ウィノナよ、よく引き受けた!」と拍手を送りたくなる怪演は、忘れられないインパクトを残す。
オススメ度:★★★★★
Text by:新田理恵
2011年5月11日(水)
TOHOシネマズ日劇ほか 全国ロードショー
『ブラック・スワン』(原題:BLACK SWAN)
【監督】ダーレン・アロノフスキー
【脚本】マーク・ヘイマン、アンドレス・ハインツ、ジョン・マクラフリン
【出演】ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー
2010年/アメリカ/108分
(c)2010 Twentieth Century Fox