ヒックとドラゴン
お笑いタレントの起用や“少年とドラゴンの友情物語”といった触れ込みで展開された宣伝から、ファミリー向け映画と思われていた本作。だが蓋を開けてみれば、大人の鑑賞にも耐えうる、いやむしろ大人にこそ見てもらいたい見事な寓話だった。
児童文学を原作にした作品だが、バイキングの少年とドラゴンが出会い、協力して強敵と戦う、という基本的な物語以外は大きく変更されている。興味深いのは、それらの変更点が本作の大きな魅力となっていることだ。
中でも注目すべきは、ドラゴンとバイキングの関係。原作では両者の関係は友好的で、むしろバイキングがドラゴンを飼うという主従関係ですらある。ところが、映画化に当たっては両者を対立関係におき、それを克服してゆく過程を物語の中心に据えた。平和な生活を脅かすドラゴンと戦うバイキングという構図だ。当初、主人公ヒックはリーダーである父親の期待に応えようと、ドラゴンを退治して一人前のバイキングになろうとする。だが、ドラゴンのトゥースに出会い、触れ合うことで、父親の教えが正しいわけではないことを悟ってゆく。
原作通りドラゴンと少年の冒険物語であれば、典型的なハリウッド娯楽映画となったに違いない。だが、そこを対立の構図に変更したことで、今この映画を世に出す大きな意味が生まれた。ここで描かれているのは、異文化とのコミュニケーションと相互理解の必要性。ヒックとトゥースが、互いに言葉を理解できない設定を取り入れたことも効果的だ。(原作ではヒックはドラゴンの言葉を解する。)その裏にあるのは、9.11米国同時多発テロ以降、不信感に覆われた世界の姿だ。対立関係の中で戦い続ける父親の世代、そしてそれとは異なる道を選択する子供たち。この物語には、同時多発テロを体験した自分たちとは異なる道を歩んでほしいという、作り手から子供たちへの願いが滲み出ている。
だがもちろん、これは娯楽映画なので、そういった理屈抜きでも十分楽しめる。ヒックがドラゴンの背に乗り大空を飛ぶシーンや、怪獣映画を髣髴とさせるクライマックスのダイナミックなバトルは、映画化によって生まれた名シーン。エンターテイメントとしての映画の楽しさ、爽快感をたっぷり味あわせてくれる。3D効果もばっちりで、お世辞抜きで“感動的に素晴らしい”映像が体験できること間違いなし。
強敵がひしめく夏興行の中でかなり苦戦している本作だが、後世に名を残す名作になる可能性を秘めている。ぜひこの機会を逃さず、劇場に足を運んで、できれば3Dで見てもらいたい。3D字幕版の上映がないのが残念だが、吹替の違和感は全くないので、外国映画は字幕でなければ…という方も、この作品はぜひとも3Dで体験してほしい。
Text by いの
【監督】クリス・サンダース、ディーン・デュボア
【脚本】クリス・サンダース、ディーン・デュボア
【声優】ジェイ・バルチェル、ジェラルド・バトラー、クレイグ・ファーガソン、アメリカ・フェレーラ
【声優(日本語版)】田谷隼、田中正彦、岩崎ひろし、寿美菜子
公式サイト http://www.hick-dragon.jp/
2010年9月8日
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2012年3月21日
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