「愛しきソナ」ヤン・ヨンヒ監督インタビュー<2>~「こんな少女もいる」興味のきっかけに

Q:最新作『愛しきソナ』について。姪のソナちゃんをフォーカスされた理由を教えてください。

A:最初、ピョンヤンにビデオカメラを持っていこうと思ったきっかけがソナでした。ソナが彼女の父親といる写真を見て、なんだか兄たちがまだ日本にいる時に、私と遊んでいる写真を見ているような、自分の分身が私の代わりに兄たちと一緒にいてくれているような感覚に襲われました。ソナは私にとって、とっても不思議な少女なんですよね。ですから、それまでもニュース映像を撮ったり、テレビドキュメントを撮ったりしていたのですが、ソナの成長を撮ることは別物だと考えていました。一方で、ピョンヤンに暮らす人々をモザイクもなくそのまま主役にした作品は、彼女らにもリスクがある。どうしたものかと思っていたら、強烈なキャラクターが目の前にいた(笑)。「とりあえずお父ちゃんで一本作るか」ということになりました。

Q:そうして生まれたのが、前作『ディア・ピョンヤン』ですね。

A:家族を撮り始めて5年目くらいから、父を中心に構成を考えながら映像を撮るようになりました。また、『愛しきソナ』もそうですが、どちらかというと“ナレーション先にありき”で作っています。ナレーションで登場する私も、もう一人の主人公。先にナレーションを録音し、その長さに合わせて絵をつなぐ。ナレーションは絶対変わりません。ピョンヤンに行くごとに、同じ道を通ると同じ気持ちになりますから。お父ちゃんで映画を作っているときから、ソナでも作りたいという気持ちがありました。

孫のソナを抱くヤン監督の母


Q:ソナちゃんの成長を追う作業は、いわばライフワークのようなものでしょうか。

A:ソナもやはりピョンヤンの少女ですから、言いたいことを言わないし、私も踏み込んだ質問はしない。もっと深い話は、いつかソナができる時にすればいいと思っています。映画ってやはり人に教えるためのものでもないですし、情報提供のためのものでもないですから。私はやっぱり感じてほしい。
私の家族の話をしたいだけなので、もともと「北朝鮮を見せる」という気持ちは全くありませんでした。ただ、私の家族に触れようとすると、総連や北朝鮮が出てくるわけです。しかし、それは透けて見えるぐらいでいいのではないか。感じ取ってもらえればいいなと思います。「あんな可愛い少女もいるんだ」「ピョンヤンって本当はどんなところだろう?」という風に、観た人が興味や希望を持って、その後話し合いが生まれればいい。多角的な興味を持つきっかけにしてもらえればと思っています。

Q:ソナちゃんの表情から、彼女の背景にあるものへの想像が膨らんでいきました。ソナちゃん自身に、「私にはもう一つゆかりのある国(=日本)があり、ほかの子とはちょっと違っている」という意識はあるのでしょうか?

A:ソナはマイノリティですよね。私もそうですが。父親が日本生まれで、自分はピョンヤン生まれ。何も言わないですけど、「いつか大阪に行ければいいな」など、どこかで考えていると思いますよ。実際私のような叔母がいるので、「おばちゃんと色んな国に行ってみたい」と言っていました。
また、ソナはピョンヤンで育ちましたが、生まれた時からおばあちゃんがせっせと送った日本製のものに囲まれていました。そういう意味ではちょっと特別な少女ですね。

Q:きっと学校でも、友達より日本製のちょっと良い物を持っていたりするのでしょうね。

A:そうです。日本製の「ユニ」の鉛筆で勉強していましたからね(笑)。ソナは何も言いませんが、学校で学ぶ「北朝鮮が世界一素晴らしい」という教育と、とてもすばらしい物資が日本から届くという現実。彼女がどんな価値観を、どんなアイデンティティーを成長しながら持っていくのかな?と興味もあるし、見守りたい。

ソナの父親(左)とヤン監督


Q:子どもたちの軽快なおしゃべりや、明るい表情と対照的に、父親である監督のお兄さんは非常に無口でおとなしい方だという印象を持ちました。

A:やはり北朝鮮に暮らしている人は、カメラの前では寡黙になります。私もそれは分かっているので、なるべく子どもの方を撮ろうとします。私がラジオのDJをしているらしいことは皆分かっているので、「妹は子どもを撮っているが、何をするつもりだろう?」とは思っていたでしょう。ソナの父親には特に、「ソナでも1本ドキュメンタリーを撮りたい」とは告げていましたから。でも、「止めろ」と言わずに私を放っておいてくれた。もう、それだけで十分、彼らにとってはリスキーです。それ以上は負担をかけたくないので、インタビューはしないと決めていましたし、私からしゃべってくれとは言わない。
だから本当に表面しか見せていない。でもそこから透けて見えるものはあるでしょうし、それだけでも今まで無かったものですから面白いと思いました。

Q:『愛しきソナ』を拝見し、北朝鮮のイメージが変わりました。当たり前ですが、「みな普通に生活しているんだ」と、感じ入るものがありました。

A:凝り固まった、単純化されたイメージや情報不足、先入観というのは怖いものです。(ソナの日常が)平均的だったり、一般的だったりするわけではなく、「こんな少女もいますよ。ソナに会いに来てください」という気持ちです。

Q:次回作のご予定は?

A:初めてフィクションを撮ります。今、シナリオが出来上がりつつあります。

前作『ディア・ピョンヤン』が原因で、北朝鮮政府から入国を禁止されているヤン監督。いまは作品に登場する大切な兄や姪たちと会えない年月が続いている。悲しみ、切なさが大きくて当然だろうが、しかし、ヤン監督の口調はユーモアとあっけらかんとした力強さに溢れ、「いつか、きっと会える」という希望を感じさせるエネルギーに満ちていた。

『愛しきソナ』
【監督・脚本・撮影】ヤン・ヨンヒ
2009年/韓国・日本/82分
公式HP http://www.sona-movie.com/

4月2日(土)~4月22日(金)ポレポレ東中野
4月23日(土)~ 新宿K‘s cinema  他全国順次ロードショー

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