「ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路」ルネ・フェレ監督、マリー・フェレさん、リザ・フェレさんインタビュー:天才の弟の陰に隠れた女性に光を当てたくなりました

天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの4歳年上の姉ナンネルをヒロインに据えた『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』。ナンネルには、弟に匹敵する音楽的才能があったのだが、18世紀のヨーロッパは、女性が音楽家として生きることは困難な時代だった。父レオポルドは娘の才能を認めながらも、彼女に作曲を禁じる。3年半に及ぶ一家揃ってのヨーロッパ各地の宮廷を巡る演奏旅行でベルサイユ宮殿を訪れたナンネルは、ルイ15世の王太子ルイ・フェルディナンに恋をし、彼の理解と支えを得て作曲に情熱を注ぐのだが・・・。
世が世なら輝かしい才能を武器に、歴史の檜舞台を歩んだであろうナンネル。本作は、そんな歴史の谷間に消えた女性にスポットライトを当て、彼女の人生にイマジネーション豊かに迫った作品だ。

本作の日本公開に先立ち、ルネ・フェレ監督、主人公ナンネル役のマリー・フェレさん、ナンネルと友情を育む王女ルイーズ・ド・フランス役のリザ・フェレさんが、プロモーションのため揃って来日。このお三方、ファミリーネームから推測されるとおり、実の親子。日本での休暇中には、京都観光を家族で楽しまれ、インタビューの最中も仲睦まじい様子が窺えた。
今回、お三方揃ってお話を伺ったので、以下にお届けする。

――モーツァルト一家がヨーロッパの宮廷を回る演奏旅行に出かけていたことは知られています。ただ、どうしてもフォーカスされるのはモーツァルトであり、姉のナンネルについてはあまりよく知りませんでした。そんなナンネルを主人公とした映画を撮ろうと思った動機を教えて下さい。ナンネルのどういう点に興味を持たれたのでしょうか?

ルネ・フェレ監督

ルネ・フェレ監督(以下、フェレ監督):モーツァルトの父レオポルドは、演奏旅行中に資金提供をしてくれた人達に何度も長い手紙を書いています。それを読んで、モーツァルトに姉のナンネルがいたことを初めて知り、なおかつ、彼女が弟と同じような優れた音楽の才能を持っていた人物であることが分かりました。ただ、彼女の具体的なことは分からず、ある時期を境に、レオポルドの手紙から彼女の姿が消えてしまっていたんです。私としては、彼女はなぜ消えていったのだろうか、という点に興味が湧いたし、弟の陰に隠れていた彼女の人格に光を当ててみたくなりました。

――ベルサイユ宮殿を舞台に、ナンネルとフランスの王太子ルイ・フェルディナンとの恋も描かれますが、この点の着想については?

フェレ監督:レオポルドの手紙を読んだ限りでは、ナンネルについての情報はさほど多くなく、映画にできるようなエピソードはありませんでした。だから、映画化するためにはどうしても、彼女の成長を追えるようなフィクションの部分を広げる必要がありました。そこで、ルイ王太子と彼の妹ルイーズ・ド・フランスの存在が手紙に書かれていたことに着目したんです。それなら、彼らと同世代のナンネルを映画のなかで引き合わせることは可能だと考えました。そして、ナンネルと王太子の感情の交流が、彼女の成長を追うのに最適だと思ったのです。

――ベルサイユ宮殿でのロケも敢行されたとのことで、映画に重厚感やリアリティをもたらしたと思います。その時の心に残るエピソード等をお聞かせ下さい(ベルサイユのロケは監督とマリー・フェレさんが参加)。

フェレ監督:ベルサイユ宮殿での撮影では、我々スタッフの休憩のための飲食スペースも当然、宮殿のなかに確保されました。飲食のために使ったテーブルや椅子、これらは何と言っても国宝級の代物ですよ!そんな貴重な場所なのに、まるで社員食堂のような雰囲気で、皆が自由に使っているのを見たとき、何となく不思議な感覚にとらわれてしまいました。

マリー・フェレさん

マリー・フェレさん(以下、マリー):ベルサイユでの撮影には1日、・・・と言っても20時間ほどかけています。コストの関係もあり、1日で撮り終わらなくてはいけなかったんです。でも撮影すべきシーンはたくさんあり、スピーディーに、かつ集中して1つ1つのシーンを撮らなくてはいけなかったので、とても大変でした。ベルサイユ側との約束で、私達の周りに10名ほどの監視員を置かなくてはいけませんでした。彼らが私達を絶えず監視していて、ちょっとでも禁止されていることをしようものなら、すぐに注意されてしまいました。でも、モーツァルト役のダヴィッド・モローはとてもわんぱくで、彼がイタズラをしたり、ふざけて飛び回ったりするたびに、何かやらかすんじゃないか・・・と、ヒヤヒヤしていましたね(笑)。

――マリーさん、リザさんがこの映画に出るきっかけは?お二人からお父さんである監督に出たい!と頼んだのか、監督からお二人に出て欲しいとお願いされたのでしょうか?

マリー:私はこの映画の前に、父の監督作品に2本出演しているんです。それで、また何か自分ができる役があればやるわ、という話を以前からしていました。

リザ・フェレさん

リザ・フェレさん(以下、リザ):私も姉のマリーと同じように「自分にできる役があればやりたい」と父に話していたんですが、この映画にルイーズ・ド・フランス役があったので、出演することになりました。

フェレ監督:ナンネルを映画化しようというひらめきを得たとき、すぐにマリーを思い浮かべました。だから脚本はマリーが演じるのを想定して書いたんですよ。また、リザの出演希望にも、何らかのかたちで応えられたらいいなと思っていたんですが、構想中にルイーズ・ド・フランスという役が出てきたので、これならリザに合うなと思い、リザに出てもらうことにしました。

――マリーさん、リザさんから見て、監督としてのお父さんはどんな印象でしたか?

リザ:プレッシャーを感じる時もあるし、そうでない時もあったりで、日によって違う感じでしたが・・・、でもすごく優しい監督でした(笑)。

マリー:監督は私達の父ですし、私達のこと、つまり私達の俳優としての力量をよく分かっています。その上で父は私達にリクエストしてきます。ですから私は、監督としても父親としても信頼しています。それと、父は現場のムードメーカーでもあって、緊張感のあるシーンの本番直前でも、みんなが寒くなるようなジョークを言うんですよ。自分達を笑いのツボにはめておいて、いきなり泣けるシーンを撮影する時は、どうしてもその笑いを本番に引っ張ってしまうこともあって、切り替えが難しかったです。もう本当にイライラするときもありました。父に点数をつけるなら20点満点中15点くらいかしら(笑)。

――ナンネルが作曲した作品は現存しておらず、恐らく彼女だったらこういう曲をつくったであろう・・・というイマジネーションを膨らませたものをマリー=ジャンヌ・セレロさんが作曲されています。セレロさんと音楽について議論を重ねたのでしょうか?

フェレ監督:私は音楽家ではないから、作曲に関する専門的知識は持ち合わせていないので、セレロさんに作曲の技術的な提案を出せません。ただ、彼女に話したのは、私が描きたいと考えているナンネルの立場です。つまり、ナンネルは作曲したいという強い衝動を感じているが、当時は女子であることから音楽的教育を受けられなかった。にも関わらず彼女が作曲できたのは、王太子への想いがあったから。恋心によって、ナンネルは教育を受けられなかったことによる、作曲の技術的欠如を克服できた、というのが私の描きたいナンネルの物語だったのです。そんなナンネルの立場をふまえて、オリジナリティのある、純粋で、感動的な曲であってほしいとセレロさんに話しました。その後はもう、彼女のクリエイティビティにお任せしたんです。彼女は私の期待に十分に応えてくれて満足していますよ。

――これから映画を観る日本の観客にメッセージをお願いします。

フェレ監督:日本人の繊細な感性なら、本作に登場する人物に共感できるのではないでしょうか。日本人であればこそ、理解してくれる作品だと思います。なので、日本での公開がとても嬉しいし、どの国の人達よりも、映画とのコミュニケーションが図れる可能性があるのではないか、と期待しています。

マリー:父も言いましたが、日本人にはこの映画を理解してくれる素養があると感じています。なので、その点では不安はないし、あとは公開されるのを待つだけだと思っています。

リザ:ヨーロッパの古典音楽、特にモーツァルトの音楽は有名だし、日本人には特に好まれているって聞いています。この映画は彼の姉の話だから、興味を持つ人も多くいるでしょうし、皆さんの心に残る作品になると思います。

――ありがとうございました。

フェレ監督の「ナンネルはなぜ歴史の谷間に消えてしまったのか」という疑問にも、映画は丁寧に答えを導いている。女性が自分らしく生きることを否定された時代。現代に生きる我々から見れば、どうしても理不尽に感じられ、ルイーズ・ド・フランスの「世が世なら、私達は世界を支配していたかも。私は政治で、あなた(ナンネル)は音楽で」という台詞が心に突き刺さる。
また、ナンネル・モーツァルトの作品は、実際には現存していない。インタビューでもあるように、本作ではフランスの女性作曲家マリー=ジャンヌ・セレロさんが、イマジネーションを膨らませて作曲したものを使用している。ナンネルの繊細でかつ情熱的な思いに寄り添った音楽も、本作の見どころ(聞きどころ?)の1つだ。

文:富田優子、写真:鈴木こより

(右から)ルネ・フェレ監督、マリー・フェレさん、リザ・フェレさん

〈プロフィール〉
ルネ・フェレ(René Féret)
1945年5月26日、フランス ノール地方ラ・バセ生まれ。俳優の道を目指し、ストラスブール国立演劇学校に入学。その後、父の死が原因となり、精神病院に入院する。この辛い経験が初監督作品“Histoire de Paul”(75)のテーマとなり、ジャン・ヴィゴ賞を受賞。カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された“La Communion Solennelle”(77)と“Baptême”(90)で成功を収める。他の監督作品に『哀しみのアレクシーナ』(85)、“Les Frères Gravet”(95)、『夕映えの道』(00)など。また、レジス・ヴァルニエ監督の『イースト/ウェスト 遥かなる祖国』(00)などに俳優として出演、自作でも小さな役を演じ続けている。

マリー・フェレ(Marie Féret)
1995年7月13日 パリ生まれ。現在、リセの 第 2 学年(日本の高校1年生)。10歳の時、父親であるルネ・フェレ監督の“Il a Suffi que Maman s’en aille”(07)に出演。家族と共に演技をすることを気に入っているが、現段階で女優を目指しているわけではない。音楽の教育は受けたことがなかったため、本作出演にあたって1年間ヴァイオリンを習い、現在も趣味として楽しんでいる。

リザ・フェレ(Lisa Féret)
1996年12月1日生まれ。現在、リセの第3学年(日本の中学3年生)。父親であるルネ・フェレ監督作品に2度出演している。

▼作品情報▼
『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』
監督・脚本:ルネ・フェレ
出演:マリー・フェレ、マルク・バルベ、ダヴィッド・モロー、リザ・フェレ
2010年/フランス映画/120分
英題:Nannerl,Mozart’s Sister
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://nannerl-mozart.com/pc/
© 2010 Les Films Alyne
4月9日(土)より Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)