【TIFF】遥か東の中心で(アジアの未来)
【作品紹介】
夫との別れの前夜、イランに留まるか去るか迷っていたソガンドは、父親に殺された女優を描く監督デビュー作を撮るため、イラン南部に到着する。オーディションの過程で、ソガンドは夫に紹介された女優ではなく、南部出身の別の女優ザーラをヒロイン役に抜擢してリハーサルを開始する。しかし、ザーラの父親は娘の女優業に猛反対。混乱のなかで撮影が始まる。キアロスタミ、マフマルバフ一家、パナヒの諸作をはじめ、イランには「映画とは何か」を問う、いわゆるメタ映画の傑作が多いが、本作もその系譜に連なる一本である。“Far in the Middle of the East”という英題には、アジア地政学上の両端であるFar East(極東)とMiddle East(中東)が含まれており、意味深長なタイトルとなっている。
【クロスレビュー】
藤澤貞彦/映画製作はツライ度:★★★☆☆
夫が製作者、妻が監督のチームで作る、イランのインディーズ映画の撮影の様子を描いたシリアスなドラマと、ロケ地として使っている美術館の絵画を盗難する緩い犯罪コメディが、別々に進む中で、最後に一体になっていくという趣向がユニークである。映画撮影のほうでは、夫婦が離婚寸前でトラブルが続出するが、主演に選ばれた女優が、そのことが父親に知れると殺されると怯えているところが一番の問題である。厳格なイランの家父長社会の極端な例がここに示されている。一方、犯罪のほうは、首謀者が亀仙人に似たペンギン的な姿の男で、計画も杜撰なので、最初からコメディにしかなりようがない。この亀仙人が警官に化けて、映画を中止にするように仕掛け、その混乱に乗じて絵画を盗み出すというのが、その計画だったのだが、これは実際にイランではあることなのではないかと想像する。(もちろん偽物ではなくて本物の警官が来て映画を中止させるという部分のことである。)当局を直接非難することはできないが、相手が偽物であれば、確かに問題にはならない。そう考えるとこの作品は、見かけ以上に挑戦的な作品とも思えてくるのだ。
それにしてもまさか本映画祭で、同じように杜撰な計画による絵画泥棒モノが2本観られるとは思わなかった。(『マスター・マインド』)
外山香織/たぶん伯母さんでは描けない度:★★★★★
映画の撮影所で同時進行する出来事が徐々にクロスしていくという展開。撮影現場では女性監督と夫であるプロデューサーの対立は深刻化し、主演女優は父親が俳優業に反対していると言って極度に怯えている。さらにロケ地の美術館では、ジャクソン・ポロックの絵画を強奪するという大胆かつ杜撰な計画が進んでいく。観ている方はだんだん混乱し、現実と虚構が分からなくなる。しかし、観終わってみると、そもそも撮影していた映画が「父が娘を殺す」というプロットであったことに気づかされる。家父長の絶対的優位性が起こす悲劇だ。一方で、進行する絵画強奪では「将軍」になりすました強盗が登場し、権威というもののうさん臭さを映し出しているようにも見える。皆が信じている公権力や家父長の権威とは何なのか?その価値はあるのか?強盗団が盗もうとしている絵にしても、彼らがその価値を真に評価しているわけではないところが皮肉である(「この絵が本当に高額なのか?こんなの俺の伯母さんでも描ける」と言わせたいためのポロックなのだろう)。ただただ悲惨なドラマに終わっていないところが救いでもある。
第38回東京国際映画祭開催概要
期間 2025年10月27日(月)~11月5日(水)[10日間]
開催会場 シネスイッチ銀座(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、ヒューリックホール東京、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、三菱ビル1F M+サクセス、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト:https://2025.tiff-jp.net/ja/