【TIFF】飛行家(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品解説】

©Shanghai Maoyan Pictures Co., Ltd. ©Beijing Pineapple Street Film Culture Communication Co., Ltd. ©China Film Creative Co.,Ltd.

1970年代から現在に至る時代を背景に、空を飛ぶ夢にとりつかれた男を描く作品。中国東北地方に暮らす平凡な労働者リー・ミンチーは、自作の飛行装置で空を飛ぶという夢を追いかけているが、実験は失敗する。やがて改革開放政策のなか、ミンチーと妻は廃工場を改装してダンスホールを開業するが、ミンチーは空を飛ぶ夢を捨てきれない。2023年東京国際映画祭で上映された『平原のモーセ』の原作者シュアン・シュエタオの小説を『再会の奈良』(20)のポンフェイが映画化。中国社会の変貌を背景に、ひとりの男の半生がユーモラスに描かれる。2024年東京国際映画祭で『わが友アンドレ』の撮影により芸術貢献賞を受賞したリュー・ソンイエの撮影が素晴らしい。

【クロスレビュー】

藤澤貞彦/七転び八起き度:★★☆☆☆

冒頭、背中にロケットエンジンを背負って気球から飛ぶというシーンで、この映画がファンタジーであることを知る。だからジェットパックを発明したのが、中国人ではないにしても、実際にはあそこまでの長距離は飛べないにしても、父親の夢を引き継いで何度でも飛ぶことを諦めない男の寓話と見ることで、楽しむことができる。しかしこの作品で問題なのは、時代背景を説明するために何度か挿入される、ニュース映像である。60年代頃から物語が始まっているのだが、都合の良い歴史だけが取り上げられ、文革など重要な歴史が飛ばされているのである。その部分のお蔭で、急に中国の現実に引き戻された気がして、白けてしまうのだ。ただ、改革開放路線で軌道に乗ったかと思えた主人公の事業が、その副作用で敢え無く失敗するのだが、それでも諦めずに再び空を飛ぶ夢に向かってチャレンジしていくという姿は、今の中国人にとって、自分と重ね合わせられる部分があるのではなかろうか。不動産バブルの崩壊、地方銀行の破綻など様々な理由により、下層、中層階級の人たちの経済状況はかなり苦しくなっている。屋台は繁盛しても高級ショッピングモールは閑散としている現実。失業率も高く地方社会には閉塞感さえある中国。何度失敗しても諦めない男の姿を通じて、そうした人たちへエールを贈ったかのような作品である。

外山香織/芸は身を助く度:★★★★☆

空を飛行することに取り憑かれた主人公とその妻の波乱万丈な半生をファンタジックに描いた人間ドラマ。飛行シーンなど奇想天外さはあれどテイスト的にはちょっと昔の朝ドラのようだ。視界が高くなれば考え方が変わり、考え方が変われば世界が変わるという、主人公ミンチーの言葉にはハッとさせられた。実際、7センチのヒールを履くだけで視界は格段に変わるということを私は知っている。飛行家ゆえミンチーは「高さ」に拘るわけだが、社会を、世界を変えたいと言う志が人々の心を捉えるのだろう。全うに生きようと一度は夢を諦めるが、そううまくはいかないのもまた人生。しかし、かつての情熱や経験が困難を突破するカギになる。飛行と落下を繰り返しながらも進もうとする主人公とその妻の姿に勇気をもらえる映画だ。


第38回東京国際映画祭開催概要
期間 2025年10月27日(月)~11月5日(水)[10日間]
開催会場 シネスイッチ銀座(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、ヒューリックホール東京、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、三菱ビル1F M+サクセス、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト:https://2025.tiff-jp.net/ja/

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