【FILMeX】ポル・ポトとの会合(特別招待作品)

植民地主義の傷跡

「私たちは学び直さなければならない。心を傷つけるのは沈黙だ」(「消去」リティ・パニュ+クリストフ・バタイユ著・現代企画室より)

©Dulac Distribution

クメール・ルージュの時代に起こった大量虐殺とは何だったのか。リティ・パン監督は、沈黙を恐れるかのように、それを探求し続ける。加害者と被害者双方から拷問の真実に迫ろうとした『S21クメール・ルージュの虐殺者たち』、人形たちが作りだすジオラマの世界によって、映像に残されていないあの時代を再現、死者たちの声を聴き取ろうとした『消えた画 クメール・ルージュの真実』。自身の体験を粗末な小屋の中だけで再現し、彼自身の見る悪夢の世界、彼の精神風景を提示した『エグジール』。『名前のない墓』では、珍しく自身が映像の中に収まり遺骨探しや死者の弔いをし、そこから遺族の気持ちを照らしだしてみせた。『すべては大丈夫』ではカンボジアの物語を「動物農場」(ジョージ・オーウェル)になぞらえ、ナチスの時代から現在まで、世界ではびこる専制政治や虐殺が自国の出来事と地続きであることを訴えた。同じ出来事を描いているというのに、テーマは常に違った角度から更新され続けており、毎回新鮮な驚きがある。

本作もまた、私たちに新しい視点をもたらしてくれたことは言うまでもない。米ワシントン・ポスト記者エリザベス・ベッカーの原作を元にそれを脚色、俳優たちに演じさせるという作劇方法もこれまでとは違っている。ジャーナリストのエリザベス・ベッカー、リチャード・ダッドマン、学者のマルコム・コールドウェル。1978年、ポル・ポトに招待され取材した記者たちの物語。

空港に着くなり彼らは部屋に軟禁され、もちろん自由な取材などできるはずもない。彼らに案内された農場では、村人たちが普通に食事をし、労働に従事している。「なかなか美味しいのですよ。あとで食べてみませんか」大量に積み上げられた米袋、彼らの言う「農村ユートピア」が実現しつつあることが強調される。もちろん、ジャーナリストたちは、そんなことに騙されるはずもなく、ほころびを見つけ出す。米袋に中身がないことを発見する。村人を1人指名してインタビューすれば、明らかにおびえている。(その者はあとで惨殺される)ジャーナリストの1人リチャードが、裏をかいて行動するたびに、人がいなくなっていく。いくら宣伝工作をしても隠しきれるものではない。

コードウェルがポル・ポトの旧友という部分は、この映画のフィクションである。ポル・ポトが、パリのソルボンヌ大学に留学していた時(史実はフランス国立通信工学校)、一緒に共産党の運動をしていたということになっている。ポル・ポトの机の上にはルソーの「社会契約論」が置いてある。「自らの意思を国家に譲渡して一般意志に従うべき」多数決で国家の方向を決めていくこと、それが民主主義の基本となるものだが、ポル・ポトの場合はこれを曲解している。よりよい社会を築くことが国民の意思なのだから、その意思を譲渡された自分に反することは、一般意思に背いており反逆者であると。

コードウェルとポル・ポトが2人だけで会合するシーンがある。これは歴史的な事実であるが、2人がそこで何を話したかは、誰も知らない。なぜならコードウェルは会談の後で殺されてしまうからである。ゆえに、この何を話したかという部分にリティ・パン監督の考えが凝縮されているように思える。「理想が実現しつつあるというが、彼らは本当に幸せなのか。多くの血を流して実現すると言っても、何をもって敵とするのか。失敗したらどうするつもりだ」「フランス革命だって多くの血が流されたではないか」

ポル・ポトのような人物がなぜ生まれたのか。西洋の思想が彼に影響を与えていることが示される。パリ留学、ルソー社会契約論、マルクス、これらが後のクメール・ルージュに繋がるとは、誰が想像できるだろう。しかし、旧宗主国フランスの統治により広がった都市部と農村の貧富の差、旧宗主国が受け入れた留学生への教育が、このような事態を引き起こしたことに違いはない。そしてその後の無関心。これもまた植民地の傷跡と言ってしまえばそれまでだが、世界の紛争地帯を見回してみれば、いかに旧植民地の国が多いことか。そして相変わらず、世界は無関心なままである。本作は外からの視点ということで、これまでとは違った角度で歴史が捉えられていて、瞠目させられた。

「第25回東京フィルメックス」開催概要

名称:第25回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2024
会期:11月23日(土)~12月1日(日)
会場:丸の内TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン、プレイベント
公式HP:https://filmex.jp/

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