【TIFF】三匹の去勢された山羊(アジアの未来)

コメディより誇張された現実世界なんて

©Ye Xingyu

中国・陕西省北方の山岳地帯、こんな田舎にもコロナ禍の影響が忍び寄る。共産党の幹部が、三匹の去勢された山羊を農家に注文する。都会では、コロナ禍で食料が手に入りにくいことからツテをたどって、実家が農家のホンフェイに注文が来たのだった。

しかし、小さな村であっても、誰も感染者がいないというのに予防対策や隔離政策が進行している。仕事が無くブラブラしていたはずのホンフェイの息子は大白(白衣の防護服の作業員)となって、威張っている。政府の仕事をしているということで、今やちょっとした実力者気取りである。何かを頼まれるたびにタバコをワイロとして要求する始末。祖父だろうが、祖母だろうが、構わずPCR検査を実施し、山羊を都会に届けたい父親を厳しく注意し、自宅待機を命じる。

ホンフェイには次々と電話がかかってくる。役所の各担当部署からで、どこから帰省したのか、どこを通ってきたのか、毎回同じ質問が繰り返される。挙句の果てに息子とその上司の老人は、山羊にまでPCR検査をすると言い出し、その山羊が逃げると、村中を追い回すというドタバタ劇が繰り広げられる。山羊は軽々と柵を乗り越え自由に逃げ回るというのに、ホンフェイの家族は家の中に閉じ込められるというのが皮肉である。この家族、元々村長の家だったようで、思いがけず政府の仕事を手伝うことになった老人は、ことさらこの家族に厳しく対処したという面もあったかもしれない。

この作品はこうした出来事を扱いながらも、コメディ仕立てになっていて、随所に笑いが仕掛けられている。山羊のPCR検査しかり、マスクをしなさいと言われて、連れているロバにマスクをする老人(そもそも誰もいない山の中でマスクをしろということ自体がナンセンスなのだが)しかり。コメディは物事を誇張するから可笑しいのだが、実のところ現実はこのコメディ以上だったところに中国の異常さがうかがい知れる。魚や野菜にPCR検査をしたり、家中に消毒液を撒いて家財道具をダメにしてしまったり、PCR検査でスマートフォンが赤色になった(コロナ陽性)人がスーパーで買い物をしていれば、お客さんがいっぱいいるのも構わず、その場で全員そこに閉じ込めるなど、とんでもないことが横行していた。突然電話BOXに黄色いテープが貼られ閉じ込められるといった、コメディまがいの出来事もYouTubeで流れていた。

この作品は小さな村の出来事に過ぎず、単純なものだが、かえってここに中国社会の構造的な問題点が浮かび上がる。上が号令をかければ、成績を挙げたくて行動がエスカレートしていく人々、その機に乗じて私腹を肥やそうという人々、あるいは私怨や日頃の鬱憤を晴らす人々がいる。父親を告発する大白の息子の姿は、どこか文化大革命の時代をも想起させられる。実際に大白はネット上で白衛兵とも言われていたのである。権力者は自分への批判をかわすため彼らの行動を放置し、自分たちではなく彼らに批判が向くように仕向けている面もある。

不動産バブルの崩壊、そしてコロナ禍による数々の人災が大不況を生み出し、現在に到っている。今起きている社会報復性の大量殺人事件の頻発という事態、その種はこの頃既に撒かれ、今芽吹いているのだろう。これはアメリカ資本の中国映画。コメディという形とはいえ、共産党が支配する中国社会を批判した作品ゆえに、到底本国では作りえない作品である。イエ・シンユー監督の勇気を称えたい。
(★★★★☆)


第37回東京国際映画祭
会期:令和6年10月28日(月)~11月6日(水)
会場:シネスイッチ銀座、丸ノ内TOEI(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、有楽町よみうりホール、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト: https://2024.tiff-jp.net/ja/

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