【TIFF】山崎バニラの活弁小絵巻2024(TIFFチルドレン)
『弗箱シーモン』
監督:ラリー・シモン 出演:ラリー・シモン、ドロシー・ドワン、マリー・カー
1926・米/43min/English 配給:マツダ映画社
バニラさんによる前説
「最後にご覧いただきますのは1926年封切り『弗箱シーモン』原題は「Stop, Look and Listen」です。製作・監督・脚本・主演のラリー・シモンはチャップリンと同じ1889年生まれのコメディアンです。元々は新聞漫画家から、コメディ映画の脚本家となり、自分で主演もするようになりました。白塗りの童顔がトレードマークで1922年には人気、興行収益、出演料においてチャップリン、キートン、ロイドの世界三大喜劇王を上回り、アメリカ最大のスター・コメディアンとなります。
ラリー・シモンの芸風はスラップスティック(ドタバタ)コメディをより過激にし、飛行機から飛行機に飛び移るような「ノックアバウト・コメディ」と呼ばれるものでした。しかし、コメディも長編が主流となると、ラリーの人気は失われ、私生活も破綻し、本作公開の二年後、39歳で、肺炎により亡くなっていまいました。
2020年にロスト・フィルム発見と大きなニュースになった本作は、ラリーがドラマ性を重視した長編に取り組もうとしていた時期の作品となります。私にはロイド眼鏡でおなじみ、ハロルド・ロイドを特に意識していたのかな…という印象です。
本作を所蔵しているマツダ映画社様にご許可をいただきまして、喜劇映画研究会代表・新野敏也さんに作品を分析していただきつつ、台本を書いてまいりました。またフィルムコレクターの三品幸博さんにも貴重な資料をいただき、台本に盛り込んでおります。ラリー・シモンの生きざまとともにご鑑賞くださいませ。電子ピアノ弾き語りでご覧いただきます。」
「シモン作品は展開が唐突なためついてきてくださいね。」バニラさんの言葉のとおり、確かにこの作品は?の展開が随所に見られる。シモンは銀行員という設定になっているが、そこにいるのは朝の僅かな時間だけであり、すぐに婚約者の家でお給仕をし、彼女の勤める小学校に行き、銀行に戻った時には、もう終業時間になってしまう。一体この人は銀行で何をしているのか。また、劇団に裏方の手伝いを頼まれたと思いきや、なんの経験もないはずなのに、いつの間にか舞台進行を仕切っている。バニラさん的にもツッコミどころ満載なのである。
「つい先ほどまでシモンを助けていた保安官が、ドロシーのお宅へ。時間が経過していません。」(瞬間移動?) 「いくら女優志望とはいえ、算数の授業中に踊りを教えているのはどうか」「あのー授業中ですよ」というバニラさんの指摘にも「日本の弁士はいちいちうるさいな」という声が“スクリーンから聴こえてくる”始末。物語の中心となる金庫破りの計画に至っては「弁士にもどうにもできないほど犯行計画が行き当たりばったり」なのだ。
ラリー・シモンの限界がここにあったのは間違いない。この映画が製作された1926年頃と言えば、チャップリンはすでに『黄金狂時代』(25年)を発表していたし、キートンは『セブン・チャンス』(25年)、ルビッチは『陽気な巴里っ子』(26年)、そんな時代である。あまりにも行き当たりばったり、長編映画はこれではもたない。
それでもギャグは、面白い。場内は絶えず笑い声で満ち溢れていた。スカンクの毛皮を羽織ったイタズラ猿を捕まえたつもりが、知らない間に本物のスカンクに入れ替わっていて、オナラを吸ってしまうギャグ。オートバイから振り落とされたシモンの相棒が、スピードが100キロを超えているというのに、走って追い越してしまうギャグ。単純だけれど、素直に可笑しい。
お猿さんがポットにタバコの葉を入れてしまい、それを知らずにお茶を飲んでしまったお客の顔に「アイーン」と絶妙なバニラさんの一声がかぶり場内は爆笑。「志村けんさんはラリー・シモンの上映会にも足しげく通われ、チケットを買ってご入場。他のお客様が気が付くと大盛り上がりだったそうですよ」確かに「アイーン」としか言いようがないその顔。一流の人はさすが勉強熱心であることに感心するとともに、なるほどドリフターズのコントにラリー・シモンの面影を見る思いがした。
確かに映画の作りとしては、時代遅れの感は否めないかもしれない。しかし、笑いのセンスに関しては時代を超えて楽しめる作品になっている。「ノックアバウト・コメディ」的なのはラストのクライマックスのみ。それまで細かいギャグを積み重ねており、そこに新機軸を打ち出そうとしていたことがうかがい知れる。映画にお金をふんだんに掛けた割に映画は当たらず、間もなく破産し、失意のうちに亡くなってしまったラリー・シモン。しかし最後まで、また第一線に返り咲き観客を楽しませよう、と頑張っていたことがこの作品から偲ばれる。
「僕の長編お楽しみいただけたかな。僕は短編時代は大スターだったけれど、ロイド君のようにはなれず、まもなくコメディアンとしてのキャリアを終え、人生の幕も閉じる。実生活でも妻になってくれた君にも悪いことをしたね。でも行方不明になっていた本作が発見されたと2020年にニュースになって、今もこうして皆さんにご覧いただける。僕のようなコメディアンもいたことをたまに思い出してもらえれば、僕は最高に幸せだ。またね」
映画のラストシーン。バニラさんを通じて発せられた、天国にいるラリー・シモンの言葉にホロリとさせられる。失意のどん底の中で、復活をかけて作られたものの失敗に終わった1本の作品が、98年の時を超えて、今でも観客を楽しませていることを知ったらどれだけ嬉しいことだろう。
活動写真弁士の仕事は、映画にセリフを付けることだけでなく、「作品や出演者等の解説」「当時の習慣や風俗を解説し時代のギャップを埋める役割」「失われたシーンを補うという役割」など多種多様である。しかしそれだけでなく、ラストシーンのバニラさんの言葉を聴くと、昔の映画人に対して敬意を表するとともに、過去に生きた映画人と現代の観客の心を繋ぎ、映画に新たな命を吹き込む、こんな素敵なこともできるのかと驚いた。
実はこれだけのことができる活動写真弁士という仕事は、日本独特なものである。我が国では元々人形浄瑠璃の文化があったゆえに自然と馴染み、発展していったと想像できる。1897年、最初の弁士と言われている上田布袋軒が口上を述べてからら127年。活動弁士はもう日本の伝統芸能と言ってもいいだろう。以前公演を通じて、子供たちに映画を劇場で観るという文化を引き継いでいってほしい、ということを書いたが、さらに言えば、今日の楽しさを忘れずに将来活動写真弁士を目指し、この伝統を継承していく子にも出てきてほしい。そんなことを夢想して、TIFFチルドレンへの期待がますます膨んだのである。
山崎バニラ(やまざき ばにら)プロフィール
(活動写真弁士)
活動写真弁士。2001年、無声映画シアターレストラン「東京キネマ倶楽部」座付き弁士としてデビュー。独特の声で大正琴とピアノを弾き語る独自の芸風を確立。2022年からはフラメンコ用カスタネット(パリージョ)も取り入れる。
2012年~こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロで独演会「山崎バニラの活弁大絵巻」を開催。
2018年~東京国際映画祭ユース部門で活弁を披露。
2019年公開、周防正行監督『カツベン!』に出演。
2021・2022年上演、オペラ『美しきまほろば~ヤマトタケル』道化役。
2021・2022年放送。清泉女子大学のスペイン語学科卒業の経歴を生かし、NHKラジオ『まいにちスペイン語~マサトのマドリード日記』でコーナーを担当。
声優としてもアニメ『ドラえもん』ジャイ子役他出演作多数。
宮城県白石市観光大使。パソコンで動画・音楽・アニメ・ホームページを自作する。
著書に『活弁士、山崎バニラ』。
(オフィシャルサイトより転載)
公演予定
木ノ下亭~ことばとおと~
2024年12月1日(日)15:00開演
■会場:まつもと市民芸術館 小ホール(長野県松本市)
[落語]桂米團治
[浪曲]玉川奈々福、広沢美舟(曲師)
[活弁]山崎バニラ
席亭:木ノ下裕一
山崎バニラの活弁大絵巻 in こうべ
2025年1月11日(土)15:00開演(14:30開場)
■会場:西神中央ホール(兵庫県神戸市)
作品提供:無声映画振興会『微笑みの女王』/神戸映画資料館『教訓童話 花咲爺』/『活動写真 いまむかし』喜劇映画研究会・おもちゃ映画ミュージアム
☆詳細はVanilla Quest オフィシャルサイトhttp://vanillaquest.com/をご覧ください
第37回東京国際映画祭
会期:令和6年10月28日(月)~11月6日(水)
会場:シネスイッチ銀座、丸ノ内TOEI(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、有楽町よみうりホール、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト: https://2024.tiff-jp.net/ja/