【TIFF】トラフィック(コンペティション)
【作品紹介】
第34回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した『市民』(日本公開題名『母の聖戦』)の監督テオドラ・アナ・ミハイの新作。若いルーマニア人夫婦のナタリアとジネルは、より良い生活を求めて西欧に移住するが、その夢は厳しい現実の前に破れる。困窮生活のなか、ふたりは美術館の絵画を強盗する企みに加担することになる…。2012年にオランダのロッテルダムで起きた美術品窃盗事件に基づき、西欧と東欧との経済格差の問題に切り込んだ作品。オードレイ・ディヴァン監督作品『あのこと』(21)の主演で高い評価を受けたアナマリア・ヴァルトロメイがナタリア役を演じる。ルーマニアを代表する映画作家クリスティアン・ムンジウが脚本と共同プロデュースを担当した。【クロスレビュー】
藤澤貞彦/されど一枚の絵度:★★★☆☆
オランダにおけるルーマニアからの労働者たちが、差別され、困窮した挙句に美術品を盗難するという無謀な犯罪をする。「一目ぼれしてその場で描いた」という肖像画の名品がその中に入っていた。この絵を愛するオランダの展覧会のプロデューサーは、そんな出逢いを素敵だと思う心がありながらも、それになぞらえ声をかけたルーマニアの移民女性のことは簡単に忘れてしまう。ここに大きな偽善がある。事件に反応し移民排斥を訴える群衆と比べてもたちが悪い。この絵は犯罪者たちにとっては単なる金だったかもしれないが、結果、犯罪者の家族にとっては怨念の対象となる。「貧しいのは私たちの責任ではない」たかが一枚の絵、されど一枚の絵。そこから「自己責任論」「排外主義」その言葉を発する人たちの反対側にいる人々の「心の叫び」が聴こえてきた。
外山香織/普通に暮らしたいだけなのに度:★★★★★
実際に起こった絵画盗難事件をモチーフにした映画というと、最近では『ゴヤの名画と優しい泥棒』(2020)があるだろう。英国に住む男がロンドン・ナショナルギャラリーから「ウェリントン公爵」という絵画を盗み、年金受給者からの公共放送BBC受信料を徴収しないように主張した話だ。しかし本作の内容はもっとシビア。ルーマニアからオランダに出稼ぎにやって来た労働者らが、ある出来事をきっかけに絵画強奪を計画、売りさばこうとする。しかし、著名な絵画など簡単に売れるはずがない。防犯カメラや電話の通信記録などから身元はバレ、窮地に追い込まれる。うまい話などないと分かりそうなものだが、犯人らの無謀さや無知を自業自得だと言えるほど短絡的ではない。狙われた絵画が展示されていた企画展は植民地との関係性の中でキュレーションされたものであった。現代も、貧するものがさらに搾取される構図は変わらない。私は日本国内で被害が相次いでいる「闇バイト」を想起せずにはいられなかった。全うに生きていれば暮らしていける。自身の意思に基づいて、生まれ育った国や地方で家族とともに暮らす。かつて「普通」だったと思えることが、本当に難しい時代になってしまったことを痛感させられる。
第37回東京国際映画祭
会期:令和6年10月28日(月)~11月6日(水)
会場:シネスイッチ銀座、丸ノ内TOEI(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、有楽町よみうりホール、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト: https://2024.tiff-jp.net/ja/