柳下美恵のピアノ&シネマ2024~『結婚の制限速度』『キートンのカメラマン』

『キートンのカメラマン』は幻の映画だった 解説:新野敏也さん

4月27日(土)から5月10日(金)までの2週間、横浜シネマ・ジャック&ベティで「柳下美恵のピアノ&シネマ」が開催された。バラエティに富む5プログラム10作品を日替わり上映、専門家によるアフタートークイベントもありという他では類をみない公演である。今年は、世界初の女性監督アリス・ギイの『結婚の制限速度』、『キートンのカメラマン』、ヴィクトル・シェストレム監督『殴られる彼奴(あいつ)』、ルネ・クレール監督の『空想の旅』など滅多に観られない作品も多く上映されたのも印象的だった。今回は、4月27日に行われたAプログラム(コメディ/ラブストーリー) 解説新野敏也さんの模様をご紹介する。

『結婚の制限速度』

Matrimony’s Speed limit
1913年|アメリカ|16分
監督:アリス・ギイ

『結婚の制限速度』の世界初の女性監督と言われるアリス・ギイ監督は、最初フランスの映画会社ゴーモンで秘書として雇われていたが、そのうち映画を演出するようになった人である。最初の作品は『ある間抜けの災難』(1898)。以降バレエ映画、喜劇、ドラマさまざまなジャンルの映画を監督している。アメリカに渡り自ら製作会社を設立、監督として映画も多数撮っている。作品の多くが失われてしまっているため、なかなか観る機会がないのだが、今回はアリス・ギイ監督作品のフィルムを5本も所有されているという個人コレクターの方の提供で、上映が実現した。1913年、これはフランスからアメリカに渡った後の作品である。時間までに結婚式を挙げないと、叔母の遺産が入らず、それどころか破産してしまい、恋人とも別れなければならない。会えそうでなかなか会えない恋人とのすれ違いを交互に見せるサスペンスが見事。ただ中間字幕は、これから起きることをト書きのように説明する形になっていたので、まるでストーリーを読んでからその再現を観るみたいな形で居心地が悪い。しかし、柳下美恵さんのピアノ演奏は、結婚行進曲風の音楽から始まり、後半は次第にテンポも上がり、次第にそのことを忘れさせてくれた。

【アリス・ギイの先進性】

新野敏也さん、柳下美恵さん

新野「映画の字幕の件ですが、紙芝居とか、絵本の読み聞かせのような感じで先に前ふりをしてから絵の説明をするという感じになっていますね」

柳下「台詞がないですものね。ちょっとタイミングずれちゃいますね」

新野「後年は、この中間字幕というのを専任の詩人のような人に任せ、台詞も含めて状況説明を綺麗にまとめるようになりましたけれど、この頃はまだそうした映画の文法が確立していないですね。アリス・ギイは19世紀末から20世紀初頭にフランスでトーキーの実験をしています。手回しの映写機に手回しの蓄音機を使い音と絵を同調させるという方法です。当然撮影とか編集の技術は稚拙な頃ですので、ワンシーンワンカットでしか作れませんし、フィルムの長さにも制限がありますので、専用のスタジオでオペラなどの代表的なシーンを撮影し1分くらいのものを作るといった具合でした。映画館というのも存在していませんので、30人くらい入れるようなホールで見世物的に上映していました。アリス・ギイは、映画が男社会の時代に、アベル・ガンスのような、のちに大監督になる人たちを同僚にして、そんな映画を1000本くらい作っていました。
彼女はアメリカに移ってからこの映画を作ったのですけれど、この時、ハリウッドはまだなく、ドタバタ喜劇もない時代でした。チャップリンもデビューしていない頃です。もし当時のアメリカの監督がこの映画を作った場合は、結婚しようと思った相手が留守だったのでどうしようというところから始まり、紆余曲折を経て最終的に道で出会ってめでたしめでたしということだけで終わるかと思います。そこに、12時までに結婚しなければならないという縛りを設け、時計を見せることによってハラハラドキドキさせるという演出をしたところが、アリス・ギイのとても先進的なところです」

柳下「私はこの作品『キートンのセブン・チャンス』にすごく似ているなぁって思ったのですが」

新野「おそらくヒントになっていると思います。『キートンのセブン・チャンス』は、この作品の12年後に作られていますね。これは12時が期限ですが『セブン・チャンス』は7月7日午後7時までということでしたね。あれは原作が演劇なのですが、たぶんその原作者がこの映画を観ているのではないかなという気がしています」

『キートンのカメラマン』

The Cameraman
1928年|アメリカ| 70分| 24コマ再生
製作・監督:バスター・キートン、エドワード・セジウィック
主演:バスター・キートン

©喜劇映画研究会

ニュースカメラマンを目指して奮闘するキートン。撮影したフィルムをニュース映画社の映写室で映してみたら、ピンボケや二重写しばかりで、試写室は大爆笑。気の毒に思ったのか、受付嬢のサリーは、キートンのデートの誘いに応じてくれただけでなく、ニュースの特ダネまでそっと教えてくれる。現場に張り切ってカメラを抱えていくキートン。彼の努力は実るのか。軽快なキートンの動きに合わせて柳下さんのピアノもとても軽やか。ガラスの割れる音など効果音もピアノで表現されていて、観客は映画の世界にどっぷりと浸かってしまう。

【MGMに移籍したキートンの反骨】

新野「この作品はキートンがMGMに移籍して最初の作品です。契約金は所属俳優のクラーク・ゲーブルより高かったので大スターという扱いでした。しかし、これまでキートンは自分で監督主演をし、さらに危険なアクションもたくさんこなしていたのですが、MGMと契約すると、アクションは危ないからという理由で禁止されだけでなく、監督脚本からも一切手を引きなさいということになってしまいました。脚本はMGMのスタッフ脚本家が20数名ついて作っていますが、キートン自身が気に入らず、アドリブでやっているのではないかというところもあります。
チャイナタウンの抗争の場面で、2階建ての物干し台のようなところから倒れる梯子の上をすべるように降りてくるシーンは、かなり危険ですけど、恐らくキートンのことを大好きなセジウィック監督が、上層部に黙って許可したのではないかと思います。また、狭い更衣室に男同士が詰め込まれて水着に着替えるという、臭ってきそうなシーン。男と男の手と足が絡み合って、なかなか着替えることができない、ああいうまどろっこしいギャグはキートン特有です。役者と脚本に関して検閲がうるさいMGMにも関わらず、このシーンの相手役は役者じゃなく、映画の進行責任者のエドワード・ブロフィーを使っていますので、そんなところからも、ここはキートンが事前に打ち合わせして勝手にやったというふうに見ております」

柳下「あのシーンでキートンの筋肉は凄かったですね。エドワード・ブロフィーと接近しているので、違いがよく見えて、そのすごさにびっくりしてしまいました」

新野「この作品でもわざわざヤンキースタジアムで1人野球をするシーンを入れるくらいキートンは野球が好きで、肩の筋肉はやっぱり野球好きっぽく、すごく盛り上がっていますね。あとこの映画の中では他にもMGMから禁止されているはずのことをいくつかやっています。ひとつには自分の家族を映画の中に出しているのですね」

柳下「えー、どこですか」

新野「プールのシーンで、ボールを女の子が投げると、キートンより先にプレイボーイが受けとってしまい、それを水に潜っていたキートンが急に立ち上り後ろに突き飛ばすところ、あれがキートンの弟です。あと42番街行きの乗合バスに乗ろうとして扉を開けると乗客がすし詰めになっていて、押されたカップルがドタッと地面に落っこちるところ、女性のほうがキートンの妹です。多分脚本では混んでいるバスというト書きしかなかったところを、アドリブでやるために、自分の家族を呼んでいるのかなと思います」

柳下「バスのシーンは、『猛進ロイド』のバスのシーンに似ていたように思います。以前、新野さんが、ロイドはキートンみたいなアクションができないので、セットでやるみたいなことをおっしゃっていましたけれど、キートンがそれをパクって、自分は生でやってやるぞ、みたいなところもあったのかとも思えたのですが、キートンはそういうのが結構多いですよね」

新野「当時の有名なコメディアンというのは、メインの脚本家を他から引き抜いて使っていることから同じ人が携わるため、キートンに限らず、どうしても使いまわしとか、練り直しのギャグが多くなっています。ロイドの撮影は、確かに予算かけてすごいセットを組んでいますが、逆にこの映画も、実際に移動しているバスをそのまま撮影するっていうのは、大会社のMGMだからこそできることなのですね」

柳下「危険な生のアクションを彼は自身の身体能力でできるのですね。以前この劇場でも上映した『文化生活一週間』で壁にぴったり沿った梯子を登り降りするシーンは、一見簡単そうに見えますが、かなりの身体性が必要と伺いました」

新野「猫っぽいところがありますね。フィリックスという黒猫の漫画がありますけれど、そのモデルがキートンだと言われています。フィリックスを描いたパット・サリバンがキートンのファンだったのです。フィリックスの後にキートンを主人公にした漫画を書こうとしていたらしいですよ。でも逆にもうひとつ説があって、キートンがフィリックスのファンで、フィリックスの動きを真似してギャグにしているっていうのもあるのです。どちらが本当かはよくわかっていませんが」

柳下「この映画のセジウィック監督もすごいキートンのことを好きだっていうことなのですが、この後何本も一緒に作っているのですよね。だからまあ、業界でもキートンファンってやっぱり多いですね」

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【キートン、ニューヨークへいく】

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