香港の変化を描く、新進監督の社会派作品

最盛期の1990年代前半には年間200本以上の映画が製作された香港。中国返還や民主化運動、言論の自由を統制する国家安全維持法(国安法)の施行などを経て、製作される映画のジャンルや香港映画を取り巻く状況は大きく変化した。かつて人気を博したアクション映画などの娯楽作品が存在感を薄める一方、近年、新しい流れを形成しているのは、市井の人々の姿を描き、自分たちのアイデンティティを見つめる社会派の作品だ。その大部分が低予算で、新進気鋭の監督たちも手によるもの。この冬、その流れを象徴するような作品が立て続けに日本で公開される。

『白日青春-生きてこそ-』

『白日青春-生きてこそ-』(1月26日公開)は、孤独なタクシー運転手が、パキスタン難民の少年と心を通わせていく姿を描く。

『白日青春-生きてこそ-』

タクシー運転手の陳白日(チャン・バクヤッ)は、酒浸りで仕事態度も横柄。そんな彼が成り行きとはいえ、パキスタンから逃れてきた難民申請中の男性を死に追いやってしまう。白日は、警察に追われる身となった男性の息子を救おうとするのだが…。

実は白日自身も、大陸から香港に逃れてきた過去を持つ。泳いで海を渡る際、一緒に逃げてきた妻を亡くし、大陸にしばらく置き去りにしてしまった息子との間にも溝ができてしまった。

“よそ者”に対する共感と複雑な思い、香港に暮らす人々の間に横たわる世代間のギャップなどが白日の姿を通して浮かび上がる。監督・脚本を務めたのは、マレーシア出身で香港を拠点に活動している劉國瑞(ラウ・コックルイ)。長編デビューとなる本作で第59回台湾金馬奨の最優秀新人監督賞を受賞するなど、高く評価された。異郷で暮らすという感覚を身をもって知っている監督があぶり出す香港の現実が想像以上に過酷で、鑑賞後にしばし呆然とした。

『白日青春-生きてこそ-』
126日(金)よりシネマカリテほか全国順次公開
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
公式HPhttps://hs-ikite-movie.musashino-k.jp/ 
PETRA Films Pte Ltd (C)2022


『香港の流れ者たち』

公開中の『香港の流れ者たち』にも、時代の波に翻弄された難民が登場する。ベトナム戦争後に香港に密入国し、妻子と生き別れとなった老人の生き様が強烈な印象を残す。

映画の舞台は経済的に貧しい人が多く住む香港の下町、深水埗(シャムスイポー)。吳鎮宇(フランシス・ン)演じるヤク中のファイを中心に、高架下で肩を寄せ合って暮らすホームレスたちを描いた作品で、難民だった老人もその中の1人だ。

『香港の流れ者たち』

ある日ファイたちは、事前通告なしにホームレス排除にやってきた行政機関の職員に全財産を没収されてしまう。ソーシャルワーカーの力を借り、賠償と謝罪を求めて裁判を起こすのだが…。

実際に起きた事件をもとに製作されたという本作。香港の変化から取り残され、さまざまな理由で居場所を追われたホームレスたちの、貧しくとも、人としての尊厳を失わずに生きたいと願う切実な叫びが胸に迫る。

監督は、1991年生まれの李駿碩(ジュン・リー)。香港中文大学でジャーナリズムを学び、ケンブリッジ大学ジェンダー研究哲学修士課程を修了。2018年にLGBTQをテーマに撮った『トレイシー』(東京国際映画祭で上映)で長編デビューした注目の若手で、2作目となる本作でも、マイノリティーに寄り添う視点と、正確に現実をとらえようとする姿勢がすばらしい。

『香港の流れ者たち』
全国順次公開中
配給:cinema drifters・大福
公式HPhttps://hknagaremono.wixsite.com/official
(C)mm2 Studios Hong Kong


『燈火(ネオン)は消えず』

もう1本、変わりゆく香港の今をとらえた映画が今週末112日に公開を迎える『燈火(ネオン)は消えず』だ。

“香港”と聞いて多くの人がイメージするのは、ビクトリア・ピークから見下ろす“100万ドルの夜景”や、きらびやかなネオンサインだろう。しかし2010年に建築法が改正されて以降、ネオンサインの撤去が進み、今ではその9割が姿を消したという。

昨年、コロナ禍を経て約5年ぶりに香港を訪れたが、随分すっきりしてしまった街並みに寂しさを覚えた。ビクトリア・ハーバーで毎晩行われるライトアップショー「シンフォニー・オブ・ナイツ」の光のダンスもどこか整然としていて温もりに欠け、「求めている香港の夜景はこれじゃない」という感覚がぬぐえない。

『燈火(ネオン)は消えず』

『燈火(ネオン)は消えず』は、腕利きのネオン職人だった亡き夫の思い出を胸に、彼がやりのこした最後のネオンサインの製作を完成させようとする妻の物語だ。

かつて香港のシンボルだったネオンサイン。その技術や職人の魂を受け継いでいこうとする人の思いを、華やかだった頃の香港の姿とともに、記録映像も効果的に使ってスクリーンに焼き付ける。記者やプロデューサーとして活動してきた曽憲寧(アナスタシア・ツァン)監督の長編デビュー作。ネオンサインを消すまいと奮闘するシルビア・チャン演じる主人公と、さまざまなキャリアを経た末に映画監督デビューを果たしたツァン監督の姿勢に、いくつになっても何かに情熱を傾けることへの勇気をもらえる作品でもある。

『燈火(ネオン)は消えず』
112日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
配給:ムヴィオラ
公式サイト:https://moviola.jp/neonwakiezu
CA Light Never Goes Out Limited. All Rights Reserved.

夜の香港に輝くネオンサイン(『燈火(ネオン)は消えず』)

筆者の香港への興味の入り口は映画だった。大陸で暮らしていたことはあるが、もともと香港についての知識は観光客に毛が生えた程度で、知ったかぶって“香港今昔”を語るつもりはない。今回紹介した3作を見て、初めて知ることがどれほど多かったことか。幸い、日本には香港映画の火を消すまいと尽力されている配給会社や映画人がいるおかげで、こうした小規模ながらも意味のある作品を見ることができる。この機会をぜひ逃さないでほしい。

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