【FILMeX】黄色い繭の殻の中(コンペティション)

最優秀作品賞受賞。「生、死、復活、魂の旅路」

 酒場で主人公ティエンが友人の送別会を開いている。突然の雷の後、通りでバイク事故が起きる。バイクに乗っていた女性は死亡。しかし、後ろに乗せていた子供は奇跡的に、ほとんど無傷で助かる。その時にはわからなかったが、しばらくして別の場所で彼はそれが義理の姉だったことを知る。すぐ近くに居合わせたというのに、そうとは気が付かなかったところに、何か運命のいたずらのようなものを感じる。しかし彼は運命とか、神とかはまるで信じてはいない。「神がいるというのなら、兄が失踪し、その妻は事故で死に、幼い子供だけが残される。なぜこんな理不尽なことが起こるのか」すべてはより大きな意志により導かれる、キリスト教で言うところの神による予定調和を彼は否定する。しかし、この作品では、主人公が何かに導かれているような感覚が常にどこか漂っているのである。

 ティエンが義理の姉の訃報を聞いたとき、彼はサウナのマッサージ室にいる。肉体は接近しているというのに、お金を介しただけの乾いた関係。病院も、人の生死にかかわる出来事に対して、当然と言えば当然だが、事務的な対応をする。都会では、人々の魂は空っぽとかでも言いたいかのように。

 彼は義姉の遺体をサイゴンから田舎の故郷の村に送り届ける。神秘的な山間のキリスト教共同体が彼の故郷。お葬式に参加するティエンの姿を映画はじっくりと、まるでそこに観客もいるかのような感覚でゆったりと映し出していく。

 この映画では、人間の死だけではなく、動物の生死も撮られている。サイゴンいるときティエンの元に迷い込んできた弱々しい小鳥は道中死んでしまい、彼と甥っ子は、今まさに義姉のお葬式が進んでいる中で、小鳥のお墓を作り2人で小さなお葬式をする。一方義兄の敷地に迷い込んできた鶏は、すんでのところで夜のごちそうにはなることなく、庭の住人となるのである。人の命と小さな、小さなこの命。いかそうとした命が死に、殺そうとした命が、ほんのちょっとの人の心変わりで生かされる。その運命の不思議。

 教会では、昔の恋人が今ではシスターとなって働いている。元々ティエンは彼女との結婚のため、一旗揚げようとサイゴンに出たのではなかったか。なぜこうなったのか。朽ち果てかけている古い建物を訪れた彼の目の前に過去が蘇る。建物の中は雨が降っているわけでもないのに、あちらこちらから水が滴り落ちている。タルコフスキー的イメージ。現実の中に幻想が現れる。彼女との関係は、幻想の中でもう一度やり直してみても、結局は変わることがないことを彼は悟る。

 この作品では重要な人物が2人出てくる。1人はボランティアで死化粧をしているおじいさん、もう1人は偶然お店で出会った老婦人である。ボランティアをしているおじいさんは、元ベトナム戦争時代の兵士。過酷な戦争を生き抜き、多くの仲間を失い、また多くの敵を倒したという過去がある。今だって戦えると言いながらも、2度目の徴兵の時には警察官の試験に受かり、兵士になることを免れたという、矛盾したことを語っている。生きたかった。もう悪夢とは縁を切りたかったというのが本当のところだろう。しかし、心の傷は深く、自分だけが生き残ったという罪の意識からボランティアをしていたのである。カメラは家の外から彼をとらえていて家の中に入ることはない。奇しくも映画祭の審査員長の王兵の映画のように、その人が話すのをずっと写し続けている。案の定、これは素人の人に自分の体験談を語らせたということだった。その言葉は重い。

 人の死の中でも戦争ほど理不尽なものはない。この老人は、ボランティアをすることで、仲間たちの魂を慰めたいと願い、ずっと生きてきたのである。少し認知症になっているらしい老婦人の話も魂にまつわるものである。やはり戦争の経験をしているらしい。死んでも魂が迷って苦しんでいると。ティエンは、魂の存在を感じ始めるとともに、この世の中には自分の力ではどうにもならない運命のようなものがあることを知るのである。

 失踪した兄を探しに行く後半の部分は、ティエンの魂の旅という様相を呈してくる。霧の中をバイクで走るとき対抗車線からくる車のヘッドライトは光が反射し、丸い光だけが走ってくるように見える。まるで魂のように。ティエンが山の中をバイクで走るのを遠くから捉えた映像では、彼のバイクの光だけが山を下りてくるかのように見える。まるで彼の魂が肉体を離れて旅しているかのように。彼は山の中で不思議な光景を見る。たくさんの光が暗闇の中で飛び回り、震えている。実は、これは蛍のように発光する羽をもつ蛾の群れなのだが、まるでさまよえる魂たちが嘆きあい、お互いを慰めあっているかのようにも見える。そもそも蛾や蝶は古代から魂の象徴とされている。蛹から出る蝶の姿が死者の肉体から離れる魂のようであるからだ。「黄色い繭の殻の中」このタイトル、これはまさに魂のことを指しているのである。

 人生における様々な理不尽な出来事に対して割り切れぬ思いを抱いていた主人公。彼は魂が空っぽの都会の人間関係からスタートし、神秘的な山間のキリスト教の村に辿り着き、やがて魂の存在を実感するに至る。ラスト彼が川の中に入っていくのは、キリスト教で言うところの洗礼の儀式とも重なってくるが、それ以上に、この体験で心の中の何かが変わり、生まれ変わったかのような印象を残す。生きていく上での謙虚さを手に入れたとも言えるかもしれない。


【開催概要】
名称 : 第24回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2023
期間 : 2023年11月19日(日) ~ 11月26日(日) (全8日間)
会場 :有楽町朝日ホール 11/22(水) ~ 11/26(日)
ヒューマントラストシネマ有楽町 11/19(日)〜11/26(日)
主催:特定非営利活動法人東京フィルメックス
共催:朝日新聞社
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン

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