【FILMeX】冬眠さえできれば(コンペティション)
最近アジアの映画を観ているとよく出てくる風景がある。高層タワーマンションの群れと市街地、貧困住宅街が混在する街の風景。ウランバートルも例外ではないようだ。市街地に接する工場が大量の煙を吐き出しているところは昔と変わらないが、ゲル地区の丘から全体を見渡すと、市街地の向こうには、昔は存在しなかった高層タワーマンションの群れが確かにそびえている。社会が分断されていることが目で見てわかる。世界中で起きている現象とも言える。
ゲル(伝統的なモンゴルのテント)に住む10代の主人公の男の子は、貧しいながらも数学に天才的な才能を持っており、先生からも一目置かれている。物理学コンクールで優勝すれば、良い学校へ進むための奨学金を獲得することができ、将来この生活からも脱出することができる。そんな夢を持っている。一家は彼のほかに母親、弟2人、妹1人の5人家族である。父親はこちらに引っ越してきてから事故にあい、亡くなってしまったという。母親は仕事を見つけることもできず、自分の不運を呪いお酒を呑み酔っていることが多い。厳しい寒さの中でも石炭を買うお金さえない。「外に出ていくときは上着を着なきゃだめじゃないの」という母に、子供は答える。「家の中も外も寒さは同じだよ」「人間も冬眠さえできれば、こんなに困らないのに」弟の言葉が、この映画のタイトルになっている。
母親はここでの生活を諦め、地方で仕事を見つける決心をする。しかし、それは物理学コンクールを諦めることを意味し、それを受け入れられない主人公は、それに抗議をする。良い学校へ進まなければ、ずっとこのような生活を続けることしかできないのだと。結局母親と一番幼い弟だけがここを出て地方に行き、主人公は弟と妹の面倒を見ながらここに残ることになる。炭がないので、ダンボールをお店にもらいにいく。塀の板をはぎ取る。子供ながらになんとか寒さをしのごうと、出来ることは何でもやる。かなり悲惨な話なのだが、意外に映画に暗さはない。何をするにしても弟、妹たちは子供らしくいつもそれなりに楽しそうにしているからだ。
隣人の車に乗って街に出ると、煙の排出を減らそうという、デモ隊が道路を横断していく。おそらくそれなりにお金に余裕のある人たちの集団であろう。工場労働者はそのようなデモに参加するはずはないし、ゲル地区の住民たちにとっては火をたくことは死活問題であり、それどころか炭にも困っている人たちがいるくらいだからだ。確かにウランバートルの街はいつも煙でくすんでいる。しかし、煙を減らすためには何らかの政策、最新技術が必要であり、ただ単に工場を止めろ、火をたくなという問題ではないはずだ。そこに社会の分断がある。
子供たちのゲルを社会福祉局の人たちが訪問する。生活の最低基準以下の家庭に、効率よく炭を燃やすための装置を配布しているというのだ。おそらく煙の排出量を減らすための政策的な意味合いも兼ねたものだろう。しかし、子供たちのゲルには炭もなく、それを動かすための電気も止められている。適当に装置を取り付けて、受取のサインだけもらい、そそくさと帰っていく役人たち。それを配るのなら燃料を分けてもらったほうが、どれだけ彼らのためになったか。行政もまた、現実を観ることなく自分たちの都合で動いているのが如実にわかる。
このように社会の分断は、お互いを考える想像力を失わせ、その結果、困窮者がそこから抜け出すことをますます困難にしていく。世界的な異常気象のなか、家畜が次々と死に、遊牧民たちはかつてのような生活ができなくなっている。諦めて都会に出てみるものの、そこで仕事を見つけることは困難極まりなく、あっても危険な仕事に従事するしかなく、また何か事故があったとしても、その後の生活の保障もない。現代のモンゴルの深刻な問題である。
貧困の壁は、その向こうにある風景が見えていても、それを壊すことは容易ではない。社会の分断を乗り越えるには、まず誰もが良い教育を受ける機会を持てなくてはならない。この物語の主人公の男の子は、厳しい状況の中でも決してめげることはない。「負けたら最後、もう二度と這い上がれない」厳しい自然と闘い培われてきた遊牧民族の誇りが、彼の中にはあるのだ。「それでも人に頼らなければならないときはある。今がその時だよ」と優しく話しかける隣のゲルの老人。それが大いに救いとなる。しかし、現実には身近に助けてくれる大人がいつもいるとは限らない。政治が、社会が本気で取り組まなければ道は開けないのである。映画の作りはシンプルではあるが、そのメッセージは力強い。
【開催概要】
名称 : 第24回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2023
期間 : 2023年11月19日(日) ~ 11月26日(日) (全8日間)
会場 :有楽町朝日ホール 11/22(水) ~ 11/26(日)
ヒューマントラストシネマ有楽町 11/19(日)〜11/26(日)
主催:特定非営利活動法人東京フィルメックス
共催:朝日新聞社
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン