【FILMeX】クリティカル・ゾーン(コンペティション)

テヘランの中心で女は自由を叫ぶ

 ドラッグの売人アミールという男が、GPSの乾いていてよく響く女性の声に導かれ、テヘランの街をドライブし売りさばいていく。ひとことで言えばそれだけの映画である。その様子はまるで深い海の中を泳ぐ魚のようである。いや、動き続けなければ死んでしまう鮫といったほうがいいだろうか。冒頭トンネルの中を走っていく車、そこに潜水艦のソナーのようなコーンというような響きの音が断続的に鳴り響くというところから連想してしまったのかもしれない。アミールはブルドッグを飼っている。イランではこれまで犬は忌み嫌われる存在であり、かつ現在では自由の象徴ともなっている動物である。決して可愛くなく、なんだか臭ってきそうな雰囲気で捉えられているところからもう、この映画の反骨が感じられる。アミールは売人であると同時にドラッグの依存者でもある。マリファナを四六時中吸っている。正しく使っていれば大丈夫と信じているようでもある。とはいえ、起きがけにシャワーを浴びれば禁断症状が現れ、体のあちらこちらにかゆみが出るようだ。

 アミール自身がドラッグの依存者ゆえに、この映画では、映像や音が誇張されている。ネオンはサイケデリックに輝き、車は早回しのスピードで走っていく。ドラッグは時間の感覚を消失させるものだからだ。右にハンドルを切れば画面は大きく円を描くように右回りに回転し、上下が逆さまになったりもする。それでも事故を起こさないのは、道案内にとどまらず、危険まで知らせるGPSのお蔭であろうか。いつしか車は男の意志というより、逆にGPSに支配されて走っているような錯覚を起こし、観客も妙な感覚に陥っていく。

 アミールはさまざまな顧客たちと出会う。トランス・セクシュアルの街娼なんて、イラン政府が絶対に見せたくないものだろう。車の中にも顧客たちが出たり入ったりしていく。突然泣き出してしまう男、飛行機から彼へのお土産も持参してひとときのトリップを楽しむ客室乗務員など。何か問題を抱えている人たち。客室乗務員の女性は、飛行機のトラブルで緊急着陸をした際、「二度と戻ってくるな」と罵声を浴びせられたエピソードを語る。一見自由に海外に出入りできる立場にいる彼女だが、国外に出ても、イランという国のくびきから解放されないことが伺われる。街から離れ車の中で、二人で楽しんでいるところを警察に見つかり、カーチェイスを繰り広げる。見事巻いてしまい街中を車が疾走するなか、彼女はいわゆる箱乗りをし、歓喜極まり絶叫する。その叫び声の凄いこと。イランの人々が抱えている閉塞感、そのすべてを代わりに解放するかのような雄叫びである。いや雄叫びというよりはもはや咆哮というほうが、イメージに近いかもしれない。

 この映画では、イラン政府を非難するということは一切しない。ひたすら社会の暗部にいる人たちの姿をとらえるのみである。その閉塞感。そんな彼らの傍を車で泳いでいくアミールは、時に救世主のように見えてしまう。とりわけ介護施設に住む老人たちを訪問し、ドラッグを混ぜてあるチョコレートを食べさせて元気づけたり、麻薬中毒の息子を案じる母を訪問し、まるで医師のようにドラッグを処方したりする姿を見ると。とはいえ、もちろんこの映画はドラッグを決して推奨しているわけではない。ある意味ドラッグは究極の社会からの解放の手段であるとも言えるし、また彼を救世主のように見せてしまうことで、逆にイラン政府の抑圧の強さを浮かび上がらせようとした作品なのである。アリ・アフマザデ監督の勇気と反骨の精神に敬意を表したい。


【開催概要】
名称 : 第24回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2023
期間 : 2023年11月19日(日) ~ 11月26日(日) (全8日間)
会場 :有楽町朝日ホール 11/22(水) ~ 11/26(日)
ヒューマントラストシネマ有楽町 11/19(日)〜11/26(日)
主催:特定非営利活動法人東京フィルメックス
共催:朝日新聞社

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