【TIFF】バイタル・サイン(ワールド・フォーカス)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

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人命を救うという任務を完遂するためには規則を破ることもいとわない救命士をルイス・クーが演じた作品。『星くずの片隅で』(22)でヒロインを演じた注目の新進女優アンジェラ・ユンが競演。

クロスレビュー

藤澤貞彦/香港映画人の気概度:☆☆☆☆★

冒頭、香港特別行政区旗と中国の国旗が画面いっぱいに現れる。香港特別行政区旗は97年香港返還とともに制定された区章である。香港は変わってしまったということを印象付けられたような気がした。もちろんこの映画は、ルイス・クー演じる職人的なベテラン救命士が、新たに入ってきた出世しか頭にない若い救命士を鍛えていくうちに、彼が考え方を変えていくといったところが、主題となっている。若い救命士に悪知恵を吹き込むルイス・クーとは対称的な上役が出てきたり、職場恋愛があったりと、よくある話といえば、よくある話ではある。しかしながらこの映画にはルイス・クーとその娘のカナダへの移住問題というのが、脇のストーリーとして流れ続けている。「香港じゃ、ちゃんとした教育がうけられないから娘と早くこちらに来なさい」という、カナダの祖父母たち。口には出さないが、かつての香港の自由に議論させ学んでいくという教育が失われ、共産党により、硬直的で修正された歴史を学ばされているということがその言葉の裏にはある。「香港に来てももう何も残っていないわ」という祖母。その言葉の中には、移住はしたくなかったけれども、移住せざるを得なかった人の苦悩がある。そう考えると、出世しか頭になく、人の命を軽視する上司という人物も、今の体制のカリカチュアライズなのではないかという気がしてくる。香港映画人の気概を感じ、嬉しくなった。

鈴木こより/古き良き香港への思い:☆☆☆★★

香港映画を通じて、香港の今が急激に変化していることを思い知らされる。人情味あふれるテイストは健在で、今作も主人公を取り巻く職場や家族の人間ドラマが濃厚に描かれている。では何が変わったのか。
スクリーンから滲み出るディープな”香港愛”だと私は思う。香港という土地・場所に対する強烈な愛着のようなものだ。正直、香港映画の魅力は香港という土地が放つエネルギーや温度、匂いだと思っていた。
しかし、今作では愛娘の教育のためという名目で主人公はカナダへの移住を余儀なくされる。未練はあるが時代の大きなうねりには逆らえないといった感じがある。
本作終盤の”別れ”のシーンでは、古き良き香港との別れも含んでいるように思えた。
実際に、香港はいま移民ラッシュなのだという。民主派やメディアへの弾圧が相次いだこともそれを加速させているのだろう。数年後の香港映画はまた違った雰囲気になっているのだろうか。
胸やけするほどコッテリした香港映画が恋しくなった。


第36回東京国際映画祭
会期:2023年10月23日(月)~11月1日(水)
会場:シネスイッチ銀座、丸の内TOEI (中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、ヒューリックホール東京、丸ビルホール、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、有楽町micro、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト:https://2023.tiff-jp.net/ja/

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