ルー、パリで生まれた猫
冒頭の猫のアップ、これでもうノックアウトされてしまった。パリのアパルトマンの屋根裏で生まれた子猫たち。母猫はネズミ追いかけ窓から表に出ていったきり、戻ってこなくなってしまう。そんな子猫たちを下の部屋に住む10歳の少女クレムが見つける。彼女はその中の一番活発なキジトラの子猫ルーを、母親の反対を押し切り飼うことに成功する。
少女が登場するまで、すべてが猫の目線で展開する。猫たちが生き生きと動き回っている。子猫たちの気ままな活動を見ていると、自然に任せているようにも思えるが、演出の中に猫たちの行動がしっかりと組み込まれている。特に母猫が雨どいを伝ってネズミを追いかけていくシーンには驚かされてしまう。逃げるネズミとそれを追う猫。トラップに誘い込もうと、猫が来るのを物陰から見ているネズミの肩ごしのショット。まるでアニメーションのトムとジェリーを思わせるようなシーンが展開する。
撮影では、事前に描かれた絵コンテに沿って猫たちを動かしているのが、メイキングを見るとよくわかる。餌や音を使って動物トレーナーのミュリエル・ベックが、動物たちを上手にコントロールしているのだ。もちろん編集の力に負うところも大きいが、驚くべき映像である。
両親の仲がこじれて、離婚の話し合いをするなか、孤独になっていく少女と母猫を失った子猫。同志とでも言うべき子猫の存在が、少女には大きな慰めとなる。落ち込んでベッドで寝ているときにも容赦なく遊びに誘いにくる子猫。彼女を慰めようとしているのか、ただ単に自分が遊びたいだけなのかは判然とはしないが、一見身勝手に見えながらも、飼い主の様子の違いを敏感に感じ取り、自らの不安を拭うべく立ち回るのも猫の習性なのである。世の猫の飼い主たちは、彼らのそんな行動にどれだけ慰められてきたことであろうか。
この映画では猫のありのままの姿を見ることができることだろう。走ったり、ジャンプしたり、木に登ったり、窓の外の鳥を見てケケケと啼いたり。人に甘えたり、物の影から人を観察したり、じゃれついたり。猫を飼ったことがある人なら、それ「あるある」って思うこと間違いなしである。さらに魅力的なのは、少女が家族と出かける別荘があるヴォージュの森で猫が思うままに活動するところである。普段見ている猫の姿とは違い、野性味さえ感じてしまう。少女クレムも猫のそんな野性的な側面を見てショックを受ける。
猫は可愛い姿をしていて人によく懐く生き物でありながら、決して野性を失わない生き物なのである。家の中にいてさえ、縄張りを主張しパトロールにも余念がない。虫や小動物でも見つければ、たちまち捕まえてしまう。感情も豊かで、必死に生きている気高い生き物なのである。この猫の性質が、この物語を大きく支えている。猫の成長と少女の成長。映画は、少女の視点(少女の目の高さ)、猫の視点(猫の目の高さ)それぞれ分けて、その過程を見つめていく。わずか1歳半で猫はもう大人になってしまうし、自分自身で生きていくすべを学んでいくという点で人とは大きく異なるが、少女もそんな猫を通じて、また親から離れて森に住む隣人と過ごした貴重な経験を通じて、心が大きく成長していく。自分自身で選択して行動し、また他者の選択を尊重すること。それは大人への第一歩である。犬では決してこうした物語にはならなかったかとも思う。生物学を学び『アイロ 北欧ラップランドの小さなトナカイ』で知られるギヨーム・メダチェフスキ監督は、こうした動物の特徴をよく理解している。独立独歩の猫が相手だからこそ、学べることがあるのである。ひとつの物語が終わり、森を駆け抜けていく猫を見守る少女の顔は少したくましくなり、その笑顔がとても爽やかであった。
※9/29(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー