柳下美恵のピアノ&シネマ2023~Bプログラム~

サイレント映画、進化の歴史を体験する

バスター・キートン~主役(スタア)が中心の時代に~

『ハイ・サイン』 The’HighSign’
1921年 アメリカ(19分/24 コマ再生)
製作:ジョゼフ・M・スケンク
監督:バスター・キートン、エディ・クライン
出演:バスター・キートン(放浪のヒーロー) バータイン・バーケット(ニッケルナーサー嬢) アル・セント・ジョン(砂浜の男)


概要:ぶらりと仕事を探しに街にやってきたキートンは、射撃場に職を得る。そこで悪漢一味から銃の腕を見込まれた彼は、とある富豪の暗殺を依頼される。一方射撃場にやってきた令嬢からもキートンは父親のボディガードを頼まれたが、そこは見目麗しい令嬢のたっての頼み、もちろん断ることができない。しかし、ふたを開けてみると彼女の父親とは、まさに暗殺の標的となったその人であった。すなわちキートンは、同じ人物の暗殺者でもあり、ボディガートでもあるという奇妙な立場に立たされるのである。柳下さんのピアノ演奏は、クライマックスの追っかけ場面にいたるまでのシーンにおいて、これまでに上映された他の作品以上に緩急がついており、映画が進化すると、それに合わせて演奏もより細やかになってくるというのが印象的だった。新野敏也さんの効果音も冴えわたる。

【対談・作品解説】
柳下「もう最後の演目になったのですが、話は単純ですが、キートンのいつものすごいアクションも出てきます。これが事実上のキートン監督第一作目なのですが、わけがあってお蔵入りして、公開が後になったと伺ったのですが、そのあたり解説をよろしくお願いします」

新野「映画の歴史の中で三大喜劇王と言われている人たちがいます。チャップリン、ロイド、そして今日のキートンもその一人です。一般的には、キートンの作品というのは、長尺でドラマがちゃんとしている作品の方が評価されていますけれど、マック・セネットの作品と同じ20分くらいの初期の短編の頃が、やっぱり一番活きがいいかと思います。直感的に見てもすぐ分かる。小さいお子さんも、お楽しみいただけるような内容です。キートンは舞台から映画に転向した人ですので、この映画の作り方も、どちらかというと、舞台劇に近いところがあります。ただ、キートンは映画がすごく好きで、色々自分で研究していますので。動きに奥行き感がすごくありますね。舞台劇よりも映画により近く作っているところがあります。キーマンとなる悪役も印象的ですが、最初期のキートンの作品では、悪役の名前がクレジットタイトル出てきません」

柳下「有名な俳優さんじゃなかったのですか」

新野「後々の作品では、悪役にもちゃんと名前があるのですけど、キートンの初期の頃のものは、すごくいい味を出している人が出てきていても、名前はありません。キートン研究者の文献とかでも出てこないのですが、この作品でハゲタカ団という悪者一味のボスを演じた人は、推測ですが、リングリングサーカスという2017年に解散せざるをえなくなったアメリカ最古のサーカス団で、“カーディフの巨人”という芸名で出ていた、ジョージ・オーガーという人ではないかと思います」

柳下「キートンは舞台をやっていたから、そういうサーカス団とも知り合いがあったということですかね」

新野「その付き合いだと思いますね」

柳下「キートンが映画界に入る前のことを補足しますと、彼は小さい頃から、お父さん、お母さんと3人でキートンファミリーというのを作っていて、アメリカ中を巡業していたのですね」

新野「文献によりますと、舞台から客席に3歳のキートンを投げたという、それが出し物の中で一番人気あったということですね。そんなことをされても3歳のキートンが泣かなかったので、一緒に出ていた芸人さんがバスター(すごい)って言ったことで、バスター・キートンという芸名になったと言われています」

柳下「とにかく不死身な男ですよね。小さい頃からそういうアクロバット的な芸をやっていたので、アクションはもちろんすごいですけど、私はキートンのすごいところは、それにプラスして、ギャグのアイデアですね。どこからこんなアイデアが出てくるのかと、いつも驚かされています」

新野「アイデアとその動き、その両方を合わせたテンポの速さ。120年以上前の映画にして、この展開の速さっていうのはすごいですね。やはりキートンは、三大喜劇王として語り継がれるだけのことはありますね」

そして未来へ

Bプログラムでは、往年の映画作品だけでなく、アートセンター若葉町ウォーフで開催されている子ども向けワークショッププログラム<大岡川はとば倶楽部>の一環で製作された、小学生7名による作品『ふしぎなたいけんがくしゅう』も上映された。ジャック&ベティスタッフによる映画ユニット<いるかパーク>の宮崎さんと鈴木さんが講師を務め、子供たちが作り上げたこの作品の上映に、柳下美恵さんによってパーカッションの演奏が付けられた。自分たちの作品に音楽がつき、多くの観客の前で上映される。この素晴らしい体験をした子供たちは、いったいどのような感想を持ったことだろうか。柳下さんは、夏にジャック&ベティや川崎市アートセンターで行う子供向けの上映会で伴奏したり、同じく川崎市アートセンターにおいて子供を対象にサイレント映画に音楽を付けるワークショップを行ったりと、これからの映画ファン、未来の映画人を育てる活動にも積極的に参加している。今回の地域ぐるみのこの企画が、今後どのような発展をしていくのか、期待したい。

プロフィール

【柳下美恵 (やなした みえ)】
武蔵野音楽大学有鍵楽器専修(ピアノ)卒業。
1995年山形国際ドキュメンタリー映画祭で開催された映画生誕百年祭『光の生誕 リュミエール!』でデビュー。以来、国内海外で活躍、全ジャンルの伴奏をこなす。
欧米スタイルの伴奏者は日本初。2006年度日本映画ペンクラブ奨励賞受賞。 ピアノ(オルガン)を常設する映画館を巡る全国ツアー「ピアノ×キネマ」、サイレント映画の35ミリフィルム×ピアノの生伴奏“ピアノdeフィルム”、 サイレント映画週間“ピアノ&シネマ”などを企画。映画館にピアノを常設する“映画館にピアノを!” の呼びかけなどサイレント映画を映画館で上映する環境作りに注力中。
<公演情報>
柳下美恵のピアノdeフィルムvol9『不壊の白珠』
2023年6月3日(土)&4日(日)各日14時30分から
会場:横浜シネマリン
詳細https://cinemarine.co.jp/

【新野敏也(あらのとしや)】
本年11月で結成47年目となる喜劇映画研究会の二代目代表。所蔵フィルムと関連資料を活動の軸にイベント開催、学校、各種メディア、公共機関などの講演や企画協力など、全国を飛び回る。映画史的な観点だけでなく、時代背景や風俗の研究によって導き出した、演出やギャグの分析には定評がある。劇映画に関する著作も多数。最新刊「〈喜劇映画〉を発明した男 帝王マック・セネット、自らを語る」著者:マック・セネット 訳者:石野たき子 監訳:新野敏也 好評発売中
ホームページhttp://www.kigeki-eikenn.com/
ツィッター https://twitter.com/kigeki_eikenn
ブログ「君たちはどう笑うか」https://blog.seven-chances.tokyo/
<公演情報>
喜劇王ハロルド・ロイドの世界 『猛進ロイド』
2023年6月25日(日)マチネ13時から、ソワレ17時から
会場:錦糸町シルクロードカフェ
出演:緑寿(弁士)、神﨑えり(演奏)、Tokyo Tomo(マジック)、新野敏也(解説)
詳細https://www.silkroad-cafe.com/

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