柳下美恵のピアノ&シネマ2023~Bプログラム~

サイレント映画、進化の歴史を体験する

4月29日(土)から5月12日(金)までの2週間、横浜シネマ・ジャック&ベティで「柳下美恵のピアノ&シネマ」が開催された。2015年以来12回目となる今回は、サイレント映画、4プログラム9作品が上映された。連日ゲストを迎え、その道の専門家等による解説、トークイベントも行われ、多角的にサイレント映画の世界を楽しめる他では類をみない公演である。今回は、5月5日に行われたBプログラム(短編集、初心者向き、お子さまと一緒に楽しめる) の模様をご紹介する。

初心者向けということで企画されたBプログラムの魅力は、初期の活動写真の時代から、映画がどのように進化していったかを、実際に作品を観て、またゲストの喜劇映画研究会、新野敏也さんのわかりやすい解説を聞くことによって体験できるところにある。作品についての解説だけでなく、当時の撮影方法やフィルムの現像、映写までの流れについての資料を使ったわかりやい説明もあり、デジタル時代しか知らない若い観客にとっても、興味を引く内容となっていた。

©喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ

また有名な映画創世記の作品『水をかけられた散水夫』(1895年・仏・今回の20コマ再生では32秒)を使い、手拍子によって観客も演奏に参加するという楽しい企画も設けられていた。実際に参加してみると、この最初期の作品が、前、後半で音楽的にもきっちり8小節で分けられるようにできていること(製作者は無意識だったにせよ)が大きな発見であった。また、作品のリズムを掴み何拍子で演奏するかということから始まり、さらにその場面にあったメロディがつけられていく柳下さんの演奏のプロセスに触れられたようにも感じて、大変貴重な体験となった。

元来、映画は舞台中継だった!

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『磁石警察』Police Magnétique
1902年フランス(3分/24 コマ再生)
パテ・フレール作品 製作:シャルル・パテ
監督:ジョルジュ・アト、出演:ビュイック座

概要:内容:家から色々なものを盗み出す泥棒たちと、警官の追っかけっこ。特にお話らしきものはなく、主役もなく、オチもない。2階建ての家と仕掛けのある塀のセットを使い、大勢の曲芸師たちが(正確には大勢に見せかけているところもある)次々とアクロバットを見せるところが、この作品の主目的のようだ。それぞれの動きが目まぐるしく、柳下さんの演奏は、シンセサイザーによるものだが(この音が作品にとても合っている)、作品に合わせて最後まで猛スピードのリズムで、テンション上がりっぱなし。

【新野敏也さん解説】
映画の初期の製作者たちは、映画が写真の延長なのか、演劇の延長なのかを、まだあまりよくわからずに作っていました。しかし興行主の側が、映画は舞台の延長だという発想を持っておりまして、また彼らが映画を買うということもあり権力がありましたので、作り手側に、舞台の延長として作ってくださいと、お願いしていたようです。なぜそうなったかというと、まだ映画館というのがこの時代ありませんでしたので、映画というのは、舞台の手品や歌、踊りとかの合間のプログラムのひとつとして上映されていたということもあります。

この作品は、舞台をそのまま映すように撮っております。もし今みたいにアップでバーンといくと、お客さんが、いきなり顔がでかくなったら驚くだろうっていうこともあったと思います。また彼らは演劇の延長っていう発想をもっていましたので、お客さんが一番いい席から舞台を見ている状態で、そのまま舞台の端から端まで映るようにということで撮られたものです。まだ最初の頃の映画ですので、説明のための字幕が付けられておりません。それと映画自体がまだ撮影の際、1分ぐらいしか撮れないっていうこともありましたので、短い演目で映画を完結させるということで、このサーカス団一座のアクロバットの寸劇を作ったという形になっております。

マック・セネット~映画が娯楽の王様になった~

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『最狂自動車レース』Lizzies of the Field
(1924年アメリカ(11分/24コマ再生)
製作・脚本:マック・セネット、監督:デル・ロード
出演:ビリー・ビーバン(自動車整備士ガスケット)、シド・スミス(レーサーのティム)、 ジャック・ロイド(整備工場オーナー)、バーバラ・ピアーズ(オーナーの娘)、 ジョン・J・リチャードソン(悪漢レーサー)、アンディ・クライド(スターター)


概要:向かい合った自動車整備工場のライバルたちは、いつもお客の取り合いをしていた。修理をしにやってきた自動車を前と後ろ、互いの店のほうに引っ張り取り合うと、あら不思議車体がゴムのようにぐんぐん伸びて倍の長さに。「自分たちのほうが腕がいいのだ」お互いにそう思っている彼らにとって、地元で開催される自動車レースは、自分の腕を試す絶好の機会であった。果たして、自慢の改造車で乗り込んだ彼らの熾烈なレースの勝敗はいかに。のちの『ブルース・ブラザ―ス』や、『マッドマックス怒りのデス・ロード』に影響を及ぼした作品。柳下美恵さんのピアノも、もちろんフルスロットル! 新野敏也さんによる効果音、銃声(風船)、ヒューという自動車の通過音(サイレンホイッスル)が、さらなる臨場感を生む。

【新野敏也さん解説】

サイレンホイッスルを実演中の新野さん

マック・セネットは、アメリカやヨーロッパでは、映画を発明した人リュミエールとかエジソン、もしくは今風に言えば、ウォルト・ディズニーよりも偉大な人、映画自体を娯楽の頂点にもっていった人という評価をされています。何がすごいかといいますと、映画が娯楽の頂点になるための要素すべてを彼が編み出ししているからです。まず一番大きな発明は移動撮影です。当時はカメラが大きかったこともありドーンと固定されているのが当たり前でした。そのためカメラの前を横切るものを撮るぐらいしかできなかったのですが、そんな時代に、自動車などにカメラを乗っけて、走る馬や自動車と併走して撮ることによって、臨場感やスピード感を盛り上げるということをマック・セネットが初めて行いました。
 
モータリゼーションの時代とはいえ、まだ一般の人に自動車が買えるような値段ではなかった頃に、マック・セネットは早くもカーアクションを発明し、その中で車をぶっ壊したりとかします。『最狂自動車レース』はその真骨頂です。よく見てみると、右ハンドルと左ハンドルの車が混ざっています。1924年ぐらいですとまだ、ヨーロッパ、フランスとかイタリアは右ハンドルでした。アメリカが左ハンドルだったので、出力の高いエンジンを積んでいる車をヨーロッパから輸入して改造していることがそこからわかります。1台当たり、相当値段高いと思うのですよ。そんな時代に、これだけめちゃめちゃなことをやってしまうのか!って、いうのが作品の見どころです。

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この作品は、『磁石警察』と同じように特定の主人公が活躍するというよりは、道化師がたくさん集まってドタバタをやっているのですが、2本比べますと映画が進化しているのがわかります。『磁石警察』の頃のカメラでは、大体1分くらいしか撮影することができませんでしたので、撮りっぱなしたものをそのまま上映するだけでした。マック・セネットの頃でも、大体5分から10分ぐらいしか撮れませんでしたが、撮ったフィルムをたくさん集めて、それで編集するという方法が編み出されていましたので、色々ストーリーに合わせてカメラの位置を変えたり、アップにしたりして、それらを編集で繋げることによってドラマを構成するということをやっています。カット割りをして、荒唐無稽とはいえ、ちゃんと筋書きができています。移動撮影、固定撮影とか、色々なもの取り込んで作っているので、道化師がたくさんドタドタ出ているという共通点はあっても、奥行きとかが全然違っているかと思います。

 当時は当然、撮影したものは、フィルムを現像所に出ささないと映像は確認できませんでしたから、1番大切な車を派手に壊したシーンが撮影失敗してもう取り返しがつかないということもあったようです。なので、大きな会社では、カメラを2台とか3台同時に回していて、1台がダメでも、他のカメラが大丈夫だよっていうことでやっていたようです。今、例えばテレビ中継でたくさんカメラ入れる場合は、アップの画と全体の画という風に、いろんな位置から撮影するのですけれど、当時は、1台のカメラがダメになった場合ということで、ほとんど同じ位置にカメラを設置して撮っています。

危険な撮影をしていますので、事故も結構あったかと思います。多分お人形を乗っけて走らせるということはあんまり考えてなくて、どのシーンも本当に運転させていたのではないかと思います。ジョージ・ミラー監督がスランプになりかけた時に、マック・セネットやロイドの作品を鑑賞して「生身の人間がこれだけのアクションをやらなければ、迫力というものは生まれないのだ」ということで、思いついて作り直したのが『マッドマックス怒りのデス・ロード』ですので、たぶん、この映画をジョージ・ミラー監督は観たのではないかなと思います。この映画の車のイカれた改造の仕方といい、派手なぶっ壊し方といい、そんな気がします。

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