シャドウプレイ【完全版】

中国・香港そして台湾、三角関係の危うさ

©DREAM FACTORY, Travis Wei

 高層ビルにぐるりと囲まれて、古くてみすぼらしい小さなビル群が時代に取り残されたかのように存在する。その風景に驚かされた。この物語自体は、80年代の改革開放路線の始まりから現代までが時代背景となっているが、中国広州省の冼村というこの場所は、紛れもなく現代の中国である。この風景自体が、貧富の差が激しく、都会と地方、強者と弱者が完全に分断された中国の現在を象徴しているように思える。公権力が強く、あっという間に大規模な強制移住が行われ、高層ビルや高速道路に変わっていく中国の中で、30年もの長き間このような風景が残されたことは、驚きである。中国の公権力をもってしても共同体の繋がりは容易に破れなかったということなのだろう。
 

©DREAM FACTORY, Travis Wei

これは、実際にあった村支書の盧穗耕による汚職事件がベースになっている。映画は、ビル撤去作業に入った作業員たちとそれに反対する村人との間で暴動がおこる中、建設委員会の主任であるタンが、その仲裁に入るところから始まる。立ち退きにはもちろん保証金がもらえるが、その額は十分とはいいがたい。開発によって地価が上昇しているからである。貯蓄のある人は保証金を足して、夢のような暮らしを手に入れることが可能だが、持たざる者は下手をすると、職を失い家も失ってしまうことになる。村の中では、立ち退き受け入れ派と反対派が凌ぎを削っている。反対派による暴動のシーンは、香港のデモを想起させる。もしこの作品の検閲が秋まで伸びていたとしたら、この作品の運命はどうなっていたのだろうか。(注:2019年10月香港国慶節デモで大規模な衝突が起こる)仲裁後、時を置かずして、建設委員会の主任タンがビルから墜落死する。事件を追う刑事ヤン(ジン・ボーラン)を通して、その背後に隠されていた巨大な陰謀が明かになっていく。

 ミステリーとはいえ、これは推理ものというジャンルではなく、あくまでも、死んだ建設主任とその妻(ソン・ジア)と娘(マー・スーチュン)、夫婦の旧友である不動産ディベロッパーと台湾から来たそのパートナーの辿ってきた人生に焦点が当てられている。操作の過程で得た情報から過去が少しずつ浮かび上がり、彼らの人生の深い闇の部分が掘り起こされていくのである。ミステリーはそのための道具に過ぎない。目まぐるしく移動していくカメラは、長回しの撮影というのに、息もつかせぬようなスピード感である。80年代から現代まで、スピードを出して走り抜けた登場人物たちの、人生そのものを表現しているかのようだ。

©DREAM FACTORY, Travis Wei

官と民に分かれたタンと不動産ディベロッパーは、タンの妻を分け合う三角関係にある。この作品には、三角形のイメージが常について回る。刑事と被害者の妻と娘も三角関係にある。建設主任と不動産ディベロッパーとそのパートナーも三角関係だ。主任タンと娘、妻の親子関係も、三角形をなしていると言える。そもそも冒頭からして、川べりにある三角形の標識が印象的に写っていたではないか。三角形というのは、辺の長さが一定であれば均衡し安定するが、バラバラになり歪な形になると、途端に不安定なものとなる。建設委員会の主任を巡る人間関係が崩れはじめたのが、三角形の標識のある川べりだったことも、偶然とは思えない。主任タンと娘、妻の親子関係は、ある秘密の暴露によって歪な三角形に変わっていく。あるいは刑事と被害者の妻と娘の関係で言えば、妻の逮捕が形の崩れた時となるのである。このドラマは三角形の一辺が壊れることによって、ガラガラと音を立てて、すべての人間関係が崩れ落ちていくといった構造を持っている。

 飛躍を承知でこれを広げていけば、冼村の住民と建設委員会主任、不動産ディベロッパー、も三角の線で結べそうだし、物語の舞台も中国、香港、台湾と三角形の構図になっている。もちろん、この作品はあくまでも、改革開放路線の始まりから現代まで、ひとつの家族の運命に焦点を当てたものであるが、その運命も社会的な状況なくしては起こりえないものであることを考えると、彼らの三角関係のその先に国が見えてくるのである。民衆と財界と官の関係、貧しい者と豊かな者と権力者の関係。地方の住民と都市住民と香港移住者の関係。挙げていけば、キリがない。それ故に、高層ビルに囲まれた冼村の風景だけでなく、そこで繰り広げられる彼らの物語、三角形という形が本質的に持っている不安定さが、中国自体にも存在しているように思えるのである。30年間豊かさを追い求めて急激に成長を続けた中国の矛盾が、マグマから噴き出す水蒸気のように(勿論マグマ自体は見せられないので)地下から溢れ出してきたかのような作品である。

©DREAM FACTORY, Travis Wei
※:1 月 20 日(金)より新宿 K’s cinema、池袋シネマ・ロサ、UPLINK 吉祥寺ほか全国順次公開

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