【FILMeX】ホテル(特別招待作品)
COVID-19の存在がようやく注目されるようになった2020年の春節、タイのチェンマイが舞台。中国に帰る飛行機が飛ばずホテルで足止めされた登場人物たちは、誰もがどこかはみだした人たちである。春節、自分の誕生日でもある日を母と過ごそうと、アメリカ留学からタイにやってきた女子大生。退屈するあまり、自由奔放といった感じで他の人たちと交流することで、物語が流れていくという役目を追っているが、アメリカかぶれの彼女の自由さは危うさを秘めている。大学側とうまくいかず早期退職した大学の先生とその妻。目の療養のためにホテルに泊まっている性的マイノリティの老人。彼を世話する若いタイの男は、祖父が国民党軍の残党で、そのため故郷に帰れなくなったといういきさつを抱えている。この作品がモノクロであり、ホテルからカメラが一歩も出ないことが、様々な事情を抱え、ホテルに閉じ込められた彼らの閉塞感を一層強めている。
中国政府からすると、好ましからざる人物たちであろう彼らは、色々な偶然が重なり、最後は全員が不幸のどん底に落とされる。まるで、こんな生き方をしている人たちは、ろくなことにならないとでも言うかのように。その中で体制側にいる人たちだけが、飛行機に乗り無事に帰国の途に就ける。これではまるで、プロパガンダではないか。
しかし、元大学の先生とその妻は、武漢から来ていたというのが、作品の肝となっている。思い起こしてほしい。武漢が都市封鎖されたのは、1月23日。この年の春節は1月24日から。この夫婦は春節前に出国したので、今ここにいられたというわけだ。武漢が大変なことになっていたことを彼らはまだ知らないが、飛行機が飛ぶということで夫を置いてさっさと帰国した妻のその後がどれだけ厳しいものだったことは、映画には描かれていなくても容易に想像ができる。「健康バーコードをちゃんと更新しとかないと、帰国してから大変なことになるわよ」妻の別れ際の言葉もまた、その後それによって、どれだけ人々が苦しめられたかという結果を我々が知っているだけに、皮肉を帯びてくる。
元大学の先生は、自由に物が言えないのなら教えることに意味がないと、定年前に仕事を辞めてしまったという。そんな夫を妻は面白くない。彼女は元教え子で、彼のお陰で勤め先を大学に見つけ、いわゆる体制側の生活に満足している。思想なんてこだわらなきゃいい暮らしが約束されているのにと、不満を漏らし、夫が大学に不満を抱いていた理由をまるで理解できない。妻はCOVID-19の原因はアメリカであるという政府の報道を鵜吞みにしており、その言説も政府側に立ったものばかりであるが、夫は言われっ放しで、だまっているだけである。しかし、逆に言いたいことをしゃべらないことによって、彼の(製作者と置き換えてもいい)政府への思いが、ちゃんと伝わってくるのである。
いっぽう体制に従順な妻は本当にその状況に満足しているのかといえば、そうとも言えない。ホテルで過ごす彼女は、暇なときには、プールで顔を水面に付け、まるで死体のように浮くということを繰り返している。息をどれだけ止めていられるか試しているというのだが、このことは、彼女が体制に張り付いた生活に満足しているようでいて、その実、水の中でユラユラと無抵抗に流されているだけの存在であり、かつ息を止めて生きているだけであり、やがて窒息するのではないか。そんなことを暗喩しているのである。
香港資本、海外での撮影とはいえ、今よくこのような作品を作ったと驚嘆してしまう。香港でも2021年10月新たな検閲法が可決され、本国並みの規制(※)が作られたばかりだからだ。一番見せたいものは見せず、一番言いたいことは決してしゃべらない。そうしたこの映画の構造があればこそできたことなのではないだろうか。この作品を観ると、気概のある中国の映画製作者たちにも、まだできることはある。そんな可能性を感じさせてくれるのである。
※本国では政府(公演産業協会)が指定した俳優以外は映画の撮影に参加できなくなり(俗にいう芸能人封殺リストなど)、新たな規制(映画には社会主義の価値観を入れることなど)が次々に打ち出されている。中国の検閲は、地方広電局で映画の脚本などの審査をパスして映画製作後、改めて映画審査委員会(中央)の審査を受けるという二重のシステム。何が検閲で引っかかるかわからないうえに、制作後に上映が差し止められるという危険が常に内在している。(度々起きる、映画祭に出品したものの作品が上映できなかったというのは、これが原因である。製作後お蔵入りしている作品も相当数あるという。また、今年の映画祭で中国映画がほとんど入ってこなかったのは、共産党大会があったため、映画審査委員会の仕事がストップしていたためと言われている)今年の11月1日からは、新たに著名人の広告宣伝活動の管理が強化され、改めて「国家の尊厳や利益を損なう言論を発表してはならない」ということが強調された。こうしてみると中国映画界は危機的状況にあるように見えるのだ。
▼第23回東京フィルメックス▼
期間:2022年10月29日(土)〜11月6日(日)
【会場】有楽町朝日ホール(有楽町マリオン)
主催:認定NPO法人東京フィルメックス
共催:朝日新聞社/台北駐日経済文化代表処台湾文化センター/東京国際映画祭(UNIJAPAN)
公式サイト:https://filmex.jp/