【TIFF】山崎バニラの活弁小絵巻2022(TIFFチルドレン)

山崎バニラ版『スラップスティックス』公開。

バニラ5回目10月29日、第35回東京国際映画祭のユース部門 TIFFチルドレン「山崎バニラの活弁小絵巻2022」が、東京・有楽町のTOHOシネマズ シャンテ1で開催された。朝から雲一つない青空が広がるお出かけ日和となり、朝10時からの公演は、早くから大勢の観客が詰めかけた。「東京国際映画祭、たいへんありがたいことに5年連続の出演となりました」とバニラさんの第一声。今回の特集はロスコー・アーバックル。『のらくろ二等兵~教練の巻・演習の巻』村田安司監督の上映後に『ノックアウト』『海辺の恋人たち』『にぎやか雑貨店』ロスコー・アーバックル主演の3作品が上映された。今年は例年と比べると、お子さまは少なめ。それでも「のらくら」は、戦時中の作品ということは全く関係なく、終映後のロビーでは「すごく楽しかった」という子供たちの声が聴こえてきた。古さは関係ない。映画と活弁の力を改めて感じる公演だった。

 上映前、司会者の田中さんから、のらくろの原作者田河水泡が自分の通っていた小学校の出身で、小学校ではのらくろのキャラクターが色々なところで使われていたという思い出が披露された。「彼は、著作権には大らかな方で漫画映画に関しては誰彼構わず作っていたのですね。今日のものは正規のものですけれども、おもちゃ映画とかで活弁するものの中には、原作より出世していたり、安否不明のまま終わってしまったり、もっと戦争色が強かったり、ミッキー・マウスと共演していたり(小声で)するものもあります」とバニラさん。上映前からいい雰囲気になってきた。

『のらくろ二等兵~教練の巻・演習の巻』1933年・日本/村田安司監督

「田河水泡さんによる漫画『のらくろ』は1931年、昭和6年から雑誌『少年倶楽部』で連載されました。『のらくろ』は決して戦意高揚のための漫画ではありません。作者の田河水泡さんは子供のころにご両親も育ての親である伯父さんも亡くされ、大正時代には満州で軍隊生活を送っています。『のらくろ』は、当初は1年ほどの連載のつもりでしたが、のらくろ君が昇進する度に全国からお祝いのお手紙が届くようになり、1941年、政府から連載の打ち切りを命じられるまで、連載が続きました。のらくろ君は身寄りのない野良犬で、3度の飯と宿を得るために猛犬連隊に入隊することになります。軍隊のお休みの日にのらくろ君だけ帰る家がないというお話が掲載されると「今度のお休みは僕の家においで」など励ましのお手紙もたくさん届いたそうです。」
 「作画の村田安司さんについてですが、当時はまだアニメーターという職業が確立されておらず、みんなアメリカのアニメを見よう見まねで、工夫して漫画映画を作っていました。村田安司さんは、効率化をはかるため、背景と登場人物を分離させる「切り抜き」を思いつきます。その切り紙技術が素晴らしく、滑らかな動きから切り紙アニメの名手と呼ばれるようになりました。」

のらくら

協力:株式会社マツダ映画社

 『のらくろ二等兵~教練の巻・演習の巻』は後に上映のアーバックル作品よりも、起承転結がしっかりしていて、この時代のアニメにありがちな、いわゆる突っ込みどころがないことに驚いた。本当に楽しく、よくできた作品である。絵もしっかりしていてブレがない。バニラさんが指摘されていた村田安司さんが作画した鷲の絵の画風のリアルさから想像するに、この方は、かなり緻密な作品制作をされていたのではないかと思われる。さて、バニラさんの活弁はというと、軍隊が舞台とあって演奏は大正琴だけでなく、太鼓とラッパも大活躍。それに加えて物が飛んだり落ちたりするところに入るスライドホイッスルの効果音が、画面とぴったりあって大変効果をあげている。1人で、画面を見ながら、台詞と解説、突っ込みをし、演奏、効果音までこなしてしまうバニラさん。三位一体、四位一体、いや五位一体?一体頭の中はどうなっているんだー(バニラさん風に)。突っ込みのハイライトは「転んで星が出るのはアニメ黎明期から。星出まくり。」「のらくらだけが二足歩行、やっぱり前足を使ったほうが速いなー」実に可笑しい。

アーバックル特集

大正琴からピアノに変えてお待ちかね、アーバックル特集

「続いては伝説の喜劇王ロスコー・アーバックル作品を3本立てでご覧いただきます。各作品、なんと世界三大喜劇王、チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、ハロルド・ロイドが助演しています!アーバックルは日本で「デブ君」や太っちょの意味の「ファッティ」という愛称で親しまれ、体重が120キロもありながら、大変機敏に動けるコメディアンでした。しかし皆さん、ロスコー・アーバックルというお名前、ご存知でしたか?助演している世界三大喜劇王ほど有名ではありませんね。なぜならアーバックルの出演のフィルムは多くが焼かれてしまったからなのです。一体なぜそんなことになったかと言いますと、アーバックルが豪華ホテルで開催したパーティー中にヴァージニア・ラップという新人女優さんが殺されてしまいました。このスキャンダルによって、マスコミはあることないことセンセーショナルに報道し、再起不能にまでなってしまったのです。その前の年、1920年からアメリカで始まった禁酒法の時期にお酒を呑んでいたことも印象を悪くしました。本作は喜劇映画研究会のご協力の元上映しておりますが、現在の会長、新野敏也さんにたくさんの情報を教えていただき台本に盛り込みました。喜劇映画研究会、初代の会長はケラリーノ・サンドロヴィッチさんです。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんのサイレント・コメディ愛から生まれた舞台『SLAPSTICKS』では、このアーバックルのスキャンダルを中心にお話が展開していきます。今年、日比谷のシアタークリエ他、全国で再演されを観て、私も感動しまして、実際のアーバックルもご紹介したいと思い、本日を迎えることとなりました。」

『ノックアウト』1914年・米/マック・セネット監督

ノックアウト

協力:喜劇映画研究会

 「チャップリンは動きですべてを語るので、弁士泣かせとも言われています。」確かにチャップリンの出演は、ボクシングの試合のシーンの僅か3分。珍妙なレフェリー役で大活躍し、場面をかっさらってしまう。作品のハイライトはアーバックルとキーストンコップとの追っかけシーン。バニラさんは、チャップリンのシーンは演奏のみ、追っかけのシーンも最小限の活弁とノリのいい曲で場面を盛り上げた。「装填が6発のはずのリボルバーがなぜか無限に発砲できている」「キーストンコップの追っかけでは安心ください。キーストンの喜劇では決して誰も死にません。足を折っても走れます」と突っ込みも冴えわたる。偽ボクサー役のハンク・マンがのちに『街の灯』でチャップリンと戦うボクサーを演じたことや、アル・セント・ジョン、マック・スウェイン、エドガー・ケネディなどの脇役の豆知識を間に盛り込みつつ「アーバックルは三度結婚しますが、ミンタ・ダーフィーは離婚後もスキャンダル後のアーバックルを支えます。元夫婦のほろ苦い共演。果たしてファッティの運命やいかに…わからないまま終わってしまいます」という、豆知識と同時にこの作品最高の突っ込みで最後を締め、場内大爆笑となった。

『海辺の恋人たち』1915年・米/ロスコー・アーバックル監督

海辺の恋人たち

協力:喜劇映画研究会

 「続いては元祖眼鏡キャラクター、ハロルド・ロイド出演作。生涯唯一の素顔で、一度きりのキーストン映画出演作品であります」お金持ちの令嬢役にロスコー・アーバックル(ロス子…バニラさん命名)。彼女のハートを狙う3人の男たちの1人がハロルド・ロイド。「全く目立たず、ギャグも行わないのが逆に見どころ」言われなければ絶対にわからない、本当に目立たない存在なのだ。本作出演後にマック・セネットに「君はコメディアンにはなれないよ」とまで言われキーストン社を去ったハロルド・ロイドが、のちに三大喜劇王と言われるまでになったことにひっかけて「私もね、ロイドの才能だけは見抜けなかったのよ。でもそんなことより今はボートがやばいわ」と、沈没寸前のボートに乗ったロス子(アーバックル)に言わせるのが凄い。本作も中途半端な終わり方をするのにひっかけて、最後にバニラ節(突っ込み)全開で終わるのが楽しい。

『にぎやか雑貨店』1919年・米/ロスコー・アーバックル監督

 「アーバックルは1921年のスキャンダルでほとんどの作品が廃棄されたため、本日はフランスで発見されたブランス語字幕版日本未公開で、活弁付き上映も本日が初となります。」フランス版なのでメインテーマの伴奏も「巴里の屋根の下」と洒落ていた。

にぎやか雑貨店

協力:喜劇映画研究会

 郵便配達をしたり、質の悪いチーズを売ったり、模造ジュエリーのカタログ販売をしていたり、週末にはパーティーを催す怪しい雑貨店の店員がロスコー・アーバックルとバスター・キートン。1人の女性を巡って保安官とファッティが恋のさや当てをする。ファッティが、パーティーの余興で歌を歌うため、喉に良いと信じてネギを食べたことから、その臭さに皆が彼の傍から逃げ出したうえ、彼が高額の書留を盗んだという疑いまでかけられてしまう。ネギの臭さに、ファッティが話しかけると、みんなに嫌がられるというシーンにバニラさんはなんと、ロスコー・アーバックルの実人生を重ねてしまう。

「こいつは未来ある若き女優ヴァージニア・ラップを殺した犯人だ。禁酒法の時代に酒盛りなんかしやがって上映禁止だ。出ていけー」
「真犯人は不明でも、僕は無罪になったんだ。お願いだからフィルムを焼かないでくれ100年後には東京国際映画祭で活弁付上映までされるのだぞ」
「お前だけは信じてくれるだろ。ねぎとゴシップのせいでみんなの態度が急に変わってしまった。」

 保安官のほうが真犯人であると、その場を救うのがバスター・キートン。その後のアーバックルの人生において、キートンが映画監督の仕事を見つけてくるなど、彼を助けたことを語りでオーヴァー・ラップさせる。「その時に使った名前がキートンが考案したと言われるウィリアム・グッドリッチ。これは、Will be good=きっと良くなると、アーバックルが子供の時に出ていた父親の名前を合わせたもの・・・Will be good くさい臭いも悪い噂もきっと消える」・・・The End

 場面を説明するというよりは別の作品を作り上げてしまったかのような、このクライマックス。そうなのである。いつも以上に詳しい前説も、映画の途中の説明もこの伏線だったのだ。ロスコー・アーバックルの映画人生を、彼自身が出演した映画と活弁で描いてみようという実にファンタスティックな企画。これは3本の作品というよりも、3本合わせてひとつの作品、山崎バニラ版『スラップスティックス』なのだった。


☆今後の公演予定

山崎バニラの活弁大絵巻 in よねざわ
2022年11月27日(日)14:00開演(13:15開場)
会場:伝国の杜 置賜文化ホール(山形県米沢市)
演目:『キートンの探偵学入門』『当世新世帯』『活動写真いまむかし』

ニッポン大衆娯楽絵巻
山崎バニラ×東京大衆歌謡楽団 活弁士による無声映画と懐かしの昭和メロディー!
■福岡公演 2023年1月17日(火)19:00開演 
会場:アメニティのおがた 
■熊本公演 2023年1月18日(水)19:00開演 
会場:菊池市文化会館
■大分公演 2023年1月19日(木)19:00開演 
会場:J:COM ホルトホール大分 大ホール
■活弁予定作品:『国士無双』『キートンの文化生活一週間』

詳細はVanilla Quest オフィシャルサイトhttp://vanillaquest.com/をご覧ください

山崎バニラ(やまざき ばにら)プロフィール

(活動写真弁士)
2001年、無声映画シアターレストラン「東京キネマ倶楽部」座付き弁士としてデビュー。“ヘリウムボイス”と呼ぶ独特の声と、大正琴とピアノを弾き語る独自の芸風を確立。全国で活弁ライブを開催。声優としてもアニメ『ポチっと発明ピカちんキット』ポチロー役、『ドラえもん』ジャイ子役、NHKラジオ第2放送「まいにちスペイン語」2022年度下半期(10月~2023年3月)放送中。著書に『活弁士、山崎バニラ』。宮城県白石市観光大使。自作パソコンで動画・音楽・アニメ・ホームページを作成。


第35回東京国際映画祭
会期:令和4年10月24日(月)~11月2日(水)
会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:https://2022.tiff-jp.net/ja/

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