【TIFF】1976(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

© Cinestación

ピノチェト政権下のチリ。主婦のカルメンは司祭からひとりの若い男をかくまうように頼まれ、了承する。だが、そのことは彼女の生活を大きく変えることになる。独裁政権下の静かな恐怖を描いた作品。

【クロスレビュー】

外山香織/効果的な劇伴に圧倒される度:★★★★★

直接的な暴力シーンは描かれていないものの、外出禁止令が発せられ自由な行動が制限される社会の下での権力者の圧力、監視社会の閉塞感が感じられ、その不穏さが独特な劇伴によって増幅される。家族に内緒で傷ついた青年を介抱する女性は、どんどん危険な方へ足を踏み入れていく。裕福な家に住み家族にも恵まれ、世間的には幸福だと思われる女性。なにも見なければ、なにも疑問に思わなければ平穏に暮らしていただろう。しかし彼女はもう元には戻れない。冒頭で青い服を纏っていた主人公が、ラストには鮮やかな赤いドレスを着ていたのが印象的だった。

藤澤貞彦/今そこにある闇度:★★★★☆

73年のピノチェト政権の軍事クーデーターから3年後、当たり前だが、90年まで政権が続くとは知らなかった当時の人の中には、まだ政権を倒そうと密かに活動する人たちがいた。この映画が面白いのは、そういう人たちに焦点を当てたのではなく、どちらかと言えば体制側にいる主婦に焦点を当てて、その時代が捉えられたことだ。ケガした若者を匿ったことで彼女の生活に暗雲が広がっていく。冒頭の場面が示すように高級な靴にたまたまペンキがついたこと、最初はそんな程度のことだったのかもしれない。彼女の車を何者かが尾行する。いくらでもサスペンスを盛り上げることができるのだが、あくまでも彼女の視点で描くことが徹底されているため、恐怖がジワジワと迫ってくるような感覚になっている。日常で行われる政治的な話が恐怖となる世界。誰を信じていいのかわからない世界。平和な家庭の普通の生活の中に潜んでいる小さな闇。それゆえにその恐怖は、決して過去のものではなく、身近なものに感じられることになる。


第35回東京国際映画祭
会期:令和4年10月24日(月)~11月2日(水)
会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:https://2022.tiff-jp.net/ja/

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