『復讐は私にまかせて』撮影・芦澤明子さん

作品の背景までくみ取って映像に

1980年代後半のインドネシア。ケンカ上等で無鉄砲な青年アジョは、悪徳実業家のボディガードを務める女イトゥンと、決闘をきっかけに情熱的な恋に落ちる。しかし、アジョには勃起不全というコンプレックスが…。それには、ある悲惨な過去が関係していた。
バイオレントな男女が純愛を貫く『復讐は私にまかせて』(8月20日(土)公開)は、インドネシアの俊英エドウィン監督の最新作。熱量の高いラブストーリー、当時のインドネシア社会にちらつく暴力性、その風土が持つ熱気や湿度、そして神秘性を、大鍋で煮詰めたような濃厚なこの作品は、第74回ロカルノ国際映画祭の最高賞(金豹賞)を受賞した。
そんな本作の世界を魅惑的な映像で映し出したのは、日本から参加した芦澤明子さんだ。『トウキョウソナタ』『岸辺の旅』など黒沢清監督の作品や、『南極料理人』『わが母の記』『海を駆ける』など数多くの作品で活躍してきた大ベテラン。フットワーク軽く活躍の場を広げる芦澤さんに、インドネシアでの撮影エピソードなど、お話をうかがった。




芦澤明子(あしざわ・あきこ)
東京生まれ。学生時代、8ミリ映画作りが高じて映画制作の世界に入る。中堀正夫氏、川崎徹監督に多くを学ぶ。ピンク映画、PR映画、TVCFなどの助手を経て31歳でカメラマンとして独立。1994年、平山秀幸監督『よい子と遊ぼう』から映画にシフト。以後、黒沢清監督の『ロフト』(05)、『叫』(06)、『トウキョウソナタ』(08)、『岸辺の旅』(15)、『旅のおわり世界のはじまり』(19)、沖田修一監督『南極料理人』(09)、『滝を見に行く』(14)、『子供はわかってあげない』(20)、原田眞人監督『わが母の記』(11)、矢口史靖監督『WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜』(14)、深田晃司監督『さようなら』(15)、『海を駆ける』(18)、吉田大八監督『羊の木』(18)、大友啓史監督『影裏』(20)など数々の撮影を担当し、毎日映画コンクール、芸術選奨文部科学大臣賞など多数受賞。

――エドウィン監督との出会いは、インドネシアで『海を駆ける』を撮影している時にエドウィン監督が現場を訪れた時だとうかがいました。

その時は「アジア三面鏡」(*)での撮影をオファーされたんです。それを日本で撮っている間に、この作品の話をいただいたので、「ぜひ」と言ってお引き受けしました。

*アジア・オムニバス映画製作シリーズ「アジア三面鏡2018:Journey」(製作:国際交流基金アジアセンター/ユニジャパン(東京国際映画祭)。「旅」をテーマに日本、インドネシア、モンゴル、3か国の映画監督が短編を手掛け、芦澤さんはその中の『第三の変数』で撮影を担当。

 

 

 

 

――この映画自体はラブストーリーとアクションがミックスされたエンターテインメント作品ですが、舞台になっている1980年代、90年代のインドネシアはスハルト大統領による軍事独裁政権の時代であり、そんな背景を匂わせるような男性優位主義的な価値観や暴力と隣り合わせの日常も垣間見えます。インドネシアで作られた宣伝用のインタビュー動画を拝見したのですが、当時の時代背景を知らないので「自分でいいのか?」という戸惑いもあったと語っていらっしゃいましたね。

インドネシアにも、いい時ばかりではなく暗黒の時代もあったわけで、脚本を読んだ時、この映画の登場人物の1人1人がその時代の代弁者であるように思えたんです。それまでは、インドネシアの歴史といっても、スカルノ大統領とデヴィ夫人との関係とか、そのあたりの大雑把なことしか知らなかったので、私で大丈夫かなと思ったんですね。でも、歴史を知っていても、いなくても、そこの風景を切り取ることに変わりはないので、歴史を泥縄のように掘り起こすのはやめようと、考えを改めました。

『復讐は私にまかせて』撮影中の芦澤さん

 

 

 

 

 

――撮影に入る前には、いつも作品の背景まで考えるのですか?

そうですね。どういう社会的背景があるのかということは、わりと気にしていますね。たとえば、この映画のアクションも、スハルト時代の社会にあった暴力性が一つの枝葉として存在した世界だから成立するものですよね。簡単に「あいつを殺して」と人に依頼するなんて、普通ならあり得ないけれど、インドネシアのあの時代だったらあり得たのだろうなと思えてきます。

――エドウィン監督から、どんな要望や指示があったのですか?言葉の問題もありますし、具体的な絵コンテ的などが用意されたのでしょうか?

これは私が異国の人だからということではなくて、ロケハンをしながら監督と話した内容をもとに、チーフ助監督の方が絵コンテ的なものを作ってくれました。「これでいいですか?」と言われるので、「いいけど、変えるかもね」と現場で変えちゃったりもするんですけど(笑)。
(シーンごとにカメラ位置などを分かりやすい図解したノートを見せてくださる)たとえば、これは豚小屋でのアクションシーンの図です。英語で書かれているんですけど、分からなければ日本語通訳の方が訳してくれる。これがすごく役に立ちました。

 

 

 

――イトゥンとアジョの決闘シーンが印象的でした。ああいう肉弾戦はカット割りを工夫して見せる作品も多いと思うのですが、本作は俳優さんが動けることもあり、長回しで全部映していて見応えがありました。

俳優たちは忙しい中、2か月以上も前からアクションの猛特訓をしていて、私達が参加した時にはもうアクション自体は出来上がっていました。撮影日が近づいてくると、復習会みたいなことをしていましたね。エドウィン監督が、なるべくカットを割らないで撮りたいと希望していたので、それに応えて、長いレールを使うなどの方法で撮りました。

 

 

 

――夜に大事な場面が多かったですよね。本作では16ミリフィルムを使ったそうですが、工夫が必要だったのでは?

今は、デジタルだと感度を2500とか結構上まで上げられるので、明るく映りますよね。フィルムの場合は、頑張っても1000ぐらいにしかならないので、ライトを当てたとこしか見えないような状態になるんですよ。
たとえば、イトゥンとアジョが夜、森に入って、初めてキスをして…という場面がありましたよね。森の中は道も結構危ないので、あの場面はデイシーンで撮りました。ライトをいっぱい当てて、全部絞ると周りが暗く見える「潰し」という技法を使って夜を撮ったんです。もう1つ、夜のシーンといえば、カーチェイスがありましたよね。危ないカットもあるから、最初はCGでやろうかという話もあったのですが、ミーティングの結果、やっぱり実写で撮ろうということになり、暗くなると同時に撮影できるように昼間から準備しました。このようなカーアクションはお手のもので、みんなイキイキとして見えました。警察も非常に協力的でしたし。

『復讐は私にまかせて』撮影風景

 

 

 

 

――今回のように海外の作品に参加するなど、フットワーク軽く活躍されている印象ですが、撮影は気力・体力の要る仕事だと思います。健康維持のために気をつけていることはありますか?

去年の春にジョギングを始めて、結構いいスピードで3キロ走れるようになったのですが、逆に膝を痛めてしまって…。無理をしてはいけないと思って、今は起きたらストレッチをする程度にとどめています。あとは、美味しいものを食べることでしょうか。しっかり食べて体力をつけることが大事ですよね。

『復讐は私にまかせて』は8月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開  PG-12

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