【TIFF】べネシアフレニア(ワールド・フォーカス)
作品紹介
ヴェネチアを訪れたスペイン人観光客が次々と殺害される。その陰には街を外国人から取り戻そうとする秘密結社の存在があった。1970年代“ジャッロ映画”へのオマージュとも言うべき作品。共催:ラテンビート映画祭
クロスレビュー
外山香織/ヴェネツィアの人が怒らないか気がかり度:★★★★★
世界的なコロナ禍の中、疫病を題材にした文学作品や映画が再び注目を集めたことは記憶に新しいが、映画『ベニスに死す』もそのひとつであろう。美しい観光地に疫病が蔓延するーそれがフィクションではなく現実のものとして我々に迫るのだ。過去のペスト流行時には独特な仮面をつけた「ペスト医師」が登場したが、ヴェネツィアでは昨年、その仮面をつけた人々がパレードのために集ったとも聞く。水上都市ヴェネツィアには「病」や「死」のイメージがそこはかとなく付き纏う。『ベネシアフレニア』は、観光でやってきたスペイン人の男女4人組が次々と襲われるストーリーだが、やがてなぜ襲われるのかが明らかになる。B級テイスト満載で、無邪気に浮かれる観光客の姿は笑いを誘うが、ただ可笑しいだけではなく現在の世相を盛り込みながら「そういうとこだぞ!」と斬り込んでくるイグレシア監督は面白い。自分も観光でヴェネツィアを訪れたことがあるだけに、グサっとする結末だった。
富田優子/ただのスラッシャー映画ではない、社会性メッセージを持つ娯楽作度:★★★★★
風光明媚なヴェネチアを舞台に、大型クルーズ船で観光に訪れた能天気なスペイン人グループが1人、また1人…と殺される。彼らはなぜ自分たちが狙われるのかは理解できていない。だが殺人鬼側には明確な主張があったのだ。
スペインの奇才イグレシア監督の最新作は、観光産業の光と影を描くという、社会性メッセージを持つスラッシャー映画と言えよう。大勢の観光客が押し寄せるオーバーツーリズムは、その地で生活する地元の人々にとっては非常に悩ましい問題だ。観光客と地元の人々がWinWinの状態であれば、問題はないだろう。だが、観光客のマナーの悪さ(食い逃げとか最悪だ!)、交通機関の混雑やゴミ問題など地元の人々が損をする状態となれば、どうか。微妙なバランスが崩れ、地元民が凶行に走りたくなるのも、(殺人は言語道断だが)100万歩譲って分からないわけではない。イグレシア監督は、そんな傍若無人の観光客に切れ味鋭く剣を振るう。ただ彼らを断罪するわけではなく、地元側にも温度差があり、正義感と利益と人情のはざまで揺れているのがポイントだ。観光客なくしては生活が成り立たないジレンマ。混沌のなかで辿り着いたラストには無力感が漂い、問題の大きさに解決の困難さを見てとれた。
ささきまり/旅先でも、人としてのマナーは忘れないで…:★★★★★
オープニング映像から漂う心地よいB級感に笑ってしまうのだが、そこから先はなかなかに痛い展開。過度なスプラッターとスタイリッシュな音楽にイグレシア監督のセンスが光る。70年代イタリアンホラーのジャンル”ジャッロ”へのオマージュでありながら、無作法な若者が休暇の出先で羽目をはずしたら漏れなく殺されますよというハリウッドホラーの典型「13日の金曜日」の図式も感じた。本作の主人公たちはバチェロッテパーティーで各々の憂さをはらそうというスペイン人で、そこまで無知な若者ではないはずなのにというところが余計に面倒だ。はしゃぐのは構わないけど、旅先だというだけでどうしてお金を払うとか、ありがとうを言うとか、変な人にはついていかないとかいう当たり前のことが出来なくなるの…。ただ、ヴェネチア側(本作の設定においての)にも問題があって、観光客に来てもらわなければ困る、でも来てもらっても困る、困った末に抑圧されていた人々が拗らせて殺戮という展開では話にならない。これは日本全体に置き換えてもそうで、過剰なインバウンド促進で破裂しそうになった時、たまたまコロナでストップがかかったのが今の現状。くちばしの尖った「ペストの医師」の仮面がさまざまに問いかけてくるようで、考えさせられた。
【第34回東京国際映画祭】
会期:令和3年10月30日(土)~11月8日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:第34回東京国際映画祭(2021) (tiff-jp.net)