【TIFF】ザ・ドーター(コンペティション)
【作品紹介】
少年犯罪者の更生施設に住む少女が妊娠する。施設の教師とその妻は、人目を避けて出産できるように少女と山小屋で共同生活を始める。雪の中で展開される衝撃的な心理ドラマ。
【クロスレビュー】
富田優子/欲望の暴走が生むサバイバル度:★★★
恋人の子を妊娠した14歳の少女を極秘に出産させ、その赤ん坊を引き取り、我が子として育てるつもりの夫妻。物語の滑り出しは、身寄りもなく不本意な妊娠をしてしまった少女へ救いの手を差し伸べている美談なのかと思った。この夫妻は子供が欲しいという切実な願いとともに、孤独な少女への親切心もあったのは間違いない。だが、少女の胎内に宿る“娘”が成長するにつれ、他者への思いやりよりも己の欲望が暴走してしまう。彼らを徐々に変貌させたのは、母性。「母は強し」と言えば聞こえは良いが、エゴとは紙一重だ。人里離れた山小屋を舞台に、計画の歯車が狂った挙句、サバイバルにもつれ込む展開には手に汗握る。正直なところ誰にも共感しがたいのだが、そうきたかー!と良く練られた脚本に感心した。そして飼い主に忠実だった犬も、腹が減れば欲望に従う無情感に、何よりも打ちのめされた。
外山香織/予想外の展開に唖然とする度:★★★★★
のどかで美しく見える田園の方が、薄汚れた街よりもはるかにおそろしい犯罪を生み出している…とはシャーロック・ホームズがワトソンに語る言葉だが(「ぶな屋敷の怪」)、本作はまさに当てはまるだろう。世間の目がないことが如何に人を弛緩させうるか。山々が連なる大自然の中に、まるで社会から孤立するように建つ一軒家。そこに住む夫妻は施設から脱走した14歳の娘を匿う。お腹の子どもを、出産後に譲り受けるという条件付きで。しかしながら計画は頓挫しそうになり、夫妻はついに一線を超えてしまう。子を望むのは生きてるものにとって本能に近いのだろうが、願いや欲望がどうあっても叶わないと悟った時、どう行動するか。一線を超える選択をする際に「世間の目がないこと(バレないこと)」はかなり影響するのではないかと思う。社会派作品かと思いきや一転ホラーな展開だったが、都市では起こらない結末になったのも頷ける。
鈴木こより/こんなはずじゃなかった度:★★★★
ゲストハウスのような素敵な部屋と美味しそうな食事。セレブの出産かと思うほど、施設から脱走した少女が匿ってもらうには恵まれ過ぎている環境だ。でもそれは、お腹の赤ん坊と引き換えで、出産するまでは外部との連絡を絶ち、そこから出ないことが条件だった。計画は万全かのように見えたが、少女の恋人が出所することで歯車が狂いだしていく。「俺たちの子供だろ」。その一言が少女の母性に火を点け、夫妻の心をザワつかせ、すべてをひっくり返していくのだが、そこからの話はブラックユーモア全開である。親切なはずの夫妻、のどかなはずの田舎、忠実なはずの愛犬、そして非力なはずの赤ん坊。なにげに逃げ出した施設が一番安全だったんじゃないの?という感想も含めて、想像をことごとく覆していく皮肉な展開に清々しさすら感じた。
ささきまり/壮絶な誕生エピソードを生き抜いた赤ちゃんに幸あれ度:★★★
利害の一致から企てられたはずのその計画は、最初のボタンからかけ違っていたのだろう。社会的な信頼を得た裕福な中年夫婦と、それらを全く持たない若いカップル。制度をかたきに据え、生まれ来る子供を幸せにするために手を組んだはずの2組の両親はいつの間にか、おのおののことしか考えられなくなってしまう。守る立場にある者の奢りと、守られる立場にある者の甘え。世代間の価値観のずれ。特に、二人の女性の“母としての本能”の対比は残酷だ。銃撃戦にまで至る展開はサバイバル系の心理ドラマとしてはとてもスリリングだったが、この人だけは生き残って赤ちゃんを守ってほしい、と思わせてくれるような魅力ある登場人物がいないのが残念であり、かつリアルだった。信頼できたのはある意味、生存本能に正直な二匹の犬の野性だけだったわけで……人間って、なんなんですかね。
第34回東京国際映画祭
会期:令和3年10月30日(土)~11月8日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:第34回東京国際映画祭(2021) (tiff-jp.net)