【TIFF】市民(コンペティション) テオドラ・アナ・ミハイ監督

なぜ母は1人で組織に立ち向かったのか?

女性が主役の作品が目立った今年の東京国際映画祭。中でも、娘を誘拐された母親が犯罪組織の闇に迫っていく『市民』や、男性の身勝手に振り回されてきた女性が立ち上がる『ヴェラは海の夢を見る』など、現状を打開しようと闘う女性たちの姿が印象に残った。

今年のカンヌ国際映画祭でも評価された『市民』は、メキシコの実在の女性活動家の証言からインスパイアされて作られた作品だ。
舞台はメキシコ北部の町。娘を犯罪組織に誘拐されたシエロは、身代金を要求される。別れた元夫と共に一部を工面するが、娘は返してもらえない。警察に相談しても真剣に取り合ってもらえず、シエロは自ら娘を取り戻そうと動き出す。町の葬儀屋や軍に協力を求めながら、シエロがたどり着いた真相とは……。

リモートでインタビューに応じてくれたテオドラ・アナ・ミハイ監督に、この映画に込めた思いや制作の裏側をうかがった。

(c)2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films du Fleuve/ Mobra Films




――『市民』には共同プロデューサーとしてリュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ兄弟、クリスチャン・ムンジウ、ミシェル・フランコといった有名監督が名を連ねています。それぞれ、どんな経緯で本作に関わったのですか?

きっかけとなったのは2014年の私のドキュメンタリー映画「Waiting for August」でした。これは祖国ルーマニアで撮影したもので、ジョルジアーナという15歳の少女の物語です。父親がおらず、母親はイタリアへ出稼ぎにいっており、彼女が7人の子供たちの面倒をみている。ルーマニアにはこのような経験をしている子供たちが数多くいます。

ムンジウ監督はこの作品をとても気に入ってくださったようで、2017年に自身がキュレーターを務める映画祭に招待してくださったのが出会いでした。その時、「あなたには才能がある。今後、映画を撮るときは協力したい」と言ってくださり、今回参加いただく流れになりました。

ダルデンヌ兄弟は、ムンジウ監督と親交が深いので、私のことを知っていました。私は今、ベルギーに住んでいるので、ベルギーのアカデミーで「Waiting for August」が上映された時に、作品も見ていただきました。

『市民』は全編メキシコで撮影しています。現地での撮影に協力してくれるパートナーが必要でした。カンヌ国際映画祭の「レジデンス」という新人監督育成プロジェクトに参加したことがあるのですが、私よりずっと前の年の参加者であったご縁でミシェル・フランコ監督にコンタクトし、協力をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。

テオドラ・アナ・ミハイ監督 ©2021 TIFF




――遠い国の闇に切り込む内容です。不安はありませんでしたか? それでも撮ろうと思った動機は?

とてもデリケートな題材なので、入念に下調べをして、情報を集める必要がありました。
私は10代の頃から米サンフランシスコで暮らしており、メキシコの友達がいたり、メキシコを訪れたりしたので、国や文化についてはよく知っていました。

私は映画を撮る前に、ジャーナリストのように入念に下調べをしたり証言を集めたりするタイプなので、本作ではリサーチに2年半を費やしました。最初は様々な証言を集めて、ドキュメンタリーを撮ろうと考えていたのです。その時に手伝ってくれたのが、脚本にクレジットされているアバクク・アントニオ・デ・ロサリオさんです。彼はメキシコ北部のレイノサという町の出身で、小説家でもあり、私の親しい友人でもあります。しかし、ドキュメンタリー映画を撮るには、あまりにも状況が危険で、当局からの規制も厳しかったため、劇映画として撮ることに変更し、彼には脚本も手伝ってもらうことになりました。

この映画は、実話ベースというより、2年半かけて集めた証言にインスパイアされたものです。中でも特に印象に残っているのはロドリゲスさんという女性の話で、彼女の証言をメインに、他の方々の証言を加えて作り上げました。ロドリゲスさんは後に有名な活動家になったのですが、残念なことに2017年の母の日に暗殺されてしまいました。

――「女性監督らしい」「男性監督らしい」という言い方はふさわしくないかもしれませんが、女性を取り巻く理不尽な環境に目が行き届いていると感じました。主人公シエロや行方不明になった娘は何も悪くないのに責められます。

私自身、女性の視点、男性の視点と区別するのは嫌いですし、フィルムメーカーとして普遍的な物語を撮っていきたいという気持ちでいます。

とはいえ、この映画の背景には、男尊女卑の考え方やマッチョイズムがある。女性が常に被害者になってしまう。特にシエロをそういう風に描いたのは、その状況から這い出そうとしている成長の過程を見せたかったからでもあります。

(c)2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films du Fleuve/ Mobra Films




先ほどお話したように、共同脚本が男性なので、男性の視点も含まれていると思いますし、被害者と加害者をはっきり分けたくないとも思いました。複雑な人間性によって、加害者もまた被害者であるということがあり得ます。カルテルの中には女性もいて、そこでは逆に彼女たちは加害者です。

また、二次被害に遭うこともあります。シエロが警察に助けを求めた時、「娘さんはカルテルの仲間ではないのか?」「本当に誘拐されたのか?」と聞かれる。すでに心に傷を負っているのに、二重に傷つけられるのです。

私が描きたかったのは、個人対当局という構図があるということ。そこにはなかなか切り込めない部分があり、とても難しい状況だということです。シエロは個人であり、しかも女性であるため、二重に難しい立場にあるのです。

――個人対当局というお話は映画で描かれた問題を象徴しているように感じます。タイトルを『市民』にしたのも、そういう理由からでしょうか?

『市民』(原題はLa Civil)というタイトルに決まるまで、宣伝担当やいろいろな関係者と話し合いました。意見が食い違うこともあったのですが、私はシンボリックなタイトルにしたかった。なぜなら、これは本当に大きな社会問題だからです。

メキシコでは、当局が本来するべき仕事をしてくれないので、市民が代わりに行動しなくてはいけないという状況があります。腐敗や人員不足など、さまざまな原因により、的確に仕事が行われていない。だからシエロのような行方不明者の母親が立ち上がり、自分で娘を捜さなければいけない。考えてみたら、母親が共同墓地を見つけだしたり、カルテルと交渉したりするなど、あってはならないはずです。でも、そうせざるをえない。
シエロは1人の市民でありながら、悲しみに暮れているすべての母親を象徴する存在だと私は思っています。

(c)2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films du Fleuve/ Mobra Films




――監督はルーマニアに生まれ、幼い頃にベルギーに移住。10代から米国で学び、現在はまたベルギーを拠点とされています。さまざまな国で暮らしてきた背景は、ご自身の映画作りに影響していると感じますか?

確実に影響がありますね。様々な視点で世界を見ることができると思います。言葉だけでも6か国語が話せますし、いろいろな国に住んだ経験があるので、それぞれの国や文化の違いが分かりますし、また、それぞれの文化が外の世界をどんな風に見ているのかも理解できます。自己分析したことはないですが、確実に私の映画作りにも反映されているはずです。

今回の映画の中だけでも、親密な人間ドラマもあればアクションシーンもある。いろいろな文化や伝統を理解しているからこそ描ける雰囲気というものがあると感じています。







Profile
テオドラ・アナ・ミハイ Teodora Ana Mihai
1981年4月チャウシェスク政権下のルーマニア・ブカレスト生まれ。89年に両親とともにベルギーに移住。ニューヨークの映画学校で学ぶ。ドキュメンタリー映画「Waiting for August」(14)は10か国以上で映画賞を受賞し、ヨーロッパ映画賞にノミネートされた。『市民』は2021年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でCourage Prizeを受賞した。

<第34回東京国際映画祭>
■開催期間:2021年10月30日(土)~11月8日(月)
■会場:日比谷・有楽町・銀座地区 ■公式サイト:www.tiff-jp.net

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