【TIFF】アリサカ(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

©TEN17P

護送中の証人が襲撃され、ただひとり生き残った女性警官が先住民の家にかくまわれる。だが、そこにも追手が迫ってきて…。バターンを舞台に繰り広げられるアクション・スリラー。

クロスレビュー

藤澤貞彦/歴史は今そこに存在する度:★★★★

汚職を隠そうとする警察官の内部抗争に巻き込まれて、ただ一人助かった女性警察官の逃避行。一見アクション・スリラーという形になっているが、舞台をバターン死の行進が行われた道の周辺にしているところがユニークである。バターン死の行進何キロ地点などという標識が出てくると、ドキリとさせられてしまう。警察官の襲撃から命からがら逃げだした彼女が入っていく森は、実は不思議な場所である。なぜ、兵隊が残した水筒が今落としたばかりの状態で残っているのか。なぜ洞窟にあった日本兵の使っていたアリサカ銃が、錆びつきもせずそのまま残っているのか。不思議な先住民の少女は突然現れたかと思えば、忽然と姿を消してしまう。少女の父親はまるで自分の目で見たかのように、戦時中の歴史を語る。バターンの道に囲まれたこの森は、異界だったのではなかろうか。時空の歪みで現れた過去、森の精霊が住む世界。常に外から来た者たちに生活を脅かされてきたフィリピン先住民たち。スペイン、アメリカ、日本。そして今は自分たちの政府に生活を脅かされている。いわばこれは混とんとする現代フィリピンに対しての、精霊たちからの警鐘だったのではないかとも思えてくるのである。

ささきまり/ストーリーの面白さと歴史的背景のギャップに打ちひしがれる度:★★★★★

主人公の女性警官を演じるマハ・サルバドールの表情がとにかく魅力的。ちょっと背の高い「二階堂ふみ」のようで見惚れてしまう。腐敗しきった警察権力に取り込まれることを拒んだ彼女は、証人の副市長を護送中に内部犯の襲撃を受けて一人生き残り、手負いのまま雑木林の中に逃げ込む。彼女の正義感とたくましさ、彼女を助ける先住民の少女の純朴な力強さは、文明と自然、現在と過去の融合を象徴するよう。言葉も通じない二人が並んで歩き、蝶と戯れて微笑み合う場面はとても幻想的で美しい。だが、物語終盤の展開で、この作品がスリラーにカテゴライズされている理由が明らかになる。洞窟に累々と横たわる、フィリピン兵たちの骸。彼らが残したライフルと銃弾が主人公の危機を救うのだが、第二次世界大戦当時から洞窟内に捨て置かれたままの銃器がすぐさま命を吹き返すことは、果たしてあり得るのだろうか…。副市長は撃たれて死ぬ前、戦禍を生き延びた先祖を例えに「生き延びたければ崖から飛び降り、死んだふりをせよ」と語る。その教えに倣った彼女を亡きフィリピン兵たちの魂が後押しし、時を超えてともに戦ったのではなかろうか。舞台となるバターンの一本道が、日本軍が捕虜たちを歩かせて多くの死者を出した「死の行進」と呼ばれる道であること、そして、捕虜たちが担いだライフルの名称「有坂銃」がおそらく本作のタイトルを導いていることに、なんとも苦しい気持ちになった。


第34回東京国際映画祭
会期:令和3年10月30日(土)~11月8日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:第34回東京国際映画祭(2021) (tiff-jp.net)

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