【TIFF】四つの壁(コンペティション)
作品紹介
クルド人の音楽家のボランは、妻と子供を呼び寄せる日を楽しみにしながら部屋のローンを返済するために働いている。そんなボランを悲劇が襲う。『亀も空を飛ぶ』(04)のゴバディによる強烈な人間ドラマ。
クロスレビュー
藤澤貞彦/絶望という名の壁度:★★★★
家族をイスタンブールに呼び寄せようとしていたクルド人のミュージシャンに悲劇が襲う。若者が運転していた車との大きな事故。退院してアパートに戻ってきてみると、妻に海の見える部屋に住まわせてあげようとして買ったアパートの前に、それを遮るビルが建ってしまう。タイトルの四つの壁とは何か。映画の中では明確には出てこない。直接的に見える壁はこれのみである。しかし、そこには挫折、絶望という名の壁、トルコ人たちの作る社会との壁、あるいは加害者の家族との壁となって、重く主人公にのしかかってくる。男にとって壁は単なる物理的なものではないからこそ、彼はこのアパートの壁にこだわるのである。他のアパートを勧められても、仲間と音楽をかき鳴らしアパートの住人達を困らせたとしても、彼の心の壁が取り払われるはずもない。男が決して赦すことができなかったのは、加害者ではなく自分自身だったからだ。海よりも深い絶望がそこにある。
富田優子/超えられない壁に痛みを覚える度:★★★
交通事故で妻子を失ったミュージシャン。妻に海を見せたい一心で、海を眺めることができるアパートの部屋を買っていたが、事故後に退院して帰宅したら、眼前には新築のビルが建っていた。彼は「海を盗まれた」と訴え、音楽でもって怒り、抵抗する。近隣の住民からすれば騒音騒ぎの嫌がらせにしか思えず変人認定されているが、それでも、彼は怒る。
彼のその怒りは「海が見えない」ことよりも、もっと重いものであることが分かってくる。中盤、彼を訪ねる女性の正体が明らかにされてから、物語が一気に緊迫するのだ。加害、赦し、贖罪、そして絶望…。様々な感情に翻弄された挙句、彼はどれも受け入れることができなかった。彼の心を阻んできた“壁”。彼は超えることなく、沈んでいく選択をしたことに深い痛みを覚える人間ドラマだ。
第34回東京国際映画祭
会期:令和3年10月30日(土)~11月8日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:第34回東京国際映画祭(2021) (tiff-jp.net)