【TIFF】ある詩人(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

©kazakhfilm

文壇に認められない詩人の男は、権力に抗って処刑された19世紀の詩人に思いを馳せる…。現代社会における芸術の困難さを描いた、カザフ映画の旗手オミルバエフの最新作。

クロスレビュー

藤澤貞彦/寂しい草原に埋めてくれるな度:★★★★

中央集権化や国の征服によって言語が失われていく。新聞社の編集員たちが話すように、世界の言語がひとつしか残らないというのは、いくらなんでもだが、経済のグローバル化が、彼らの不安の根底にはあることは確かだ。早朝の詩的な描写から一転、街にカメラが外にでてみれば高層ビルが立ち並ぶどこの国ともしれない風景が眼前に広がる。テレビでは外国風のCMが流れ、街にも商品の映像が溢れ。人々はスマホを手にし、詩を読む人など誰もいない。詩の朗読会が企画されても聴衆は集まらない。19世紀の偉大な詩人の生きた時代から現代にいたるまで、詩人の存在が希薄になっていく過程が刻まれていく。19世紀からロシア、ソビエトに支配され続けたカザフスタンが独立をして30年。かつてロシア語を受け入れなくてはならなかった国ゆえに、元来自分たちの言語へのこだわりは特別に強いはずだった。それが今危機に瀕している。世界のどこにでも存在する文化的な危機を、寂しい草原にポツンと建てられた記念碑に眠る詩人は、どんな思いで見つめているのだろうか。

富田優子/消えゆくものへの惜別と現状に抗う意地度:★★★★

市場のグローバル化と並行するように、言語はいずれ英語しか残らないのではないか…ということが語られる。それは海外旅行でもビジネスでも学問でも、言語に不自由しなくなる利点はあろう。他方、消えゆく言語には価値がないのか。そんなやるせない思いにとらわれる。
本作は、現代の芸術の価値について詩を通して問うている。主人公は母国語であるカザフ語で詩を書いているが、カザフ語自体がまさに消えゆく言語のひとつと目されており、そして詩に興味を持つ人もほとんどいない現状だ。彼の生活に余裕があるわけではなく、キャデラックの販売店の店員に、文字通り“足元を見られる”シーンは、経済>芸術を象徴しているようだ。それでも詩で勇気づけられる人も、まだ残っている。それは詩を映画に置き換えても同様であろう。オミルバエフ監督の、淘汰されてゆくものへの惜別とともに、現状に抗う意地も感じられる作品だ。

ささきまり/主人公の静かな決意とプライドに胸が震える度:★★★★★

文化的多数が小数を圧する。大切にしてきた暮らしや言葉を奪われる虚しさはいかばかりか。権力に抗って命を落とした過去の詩人と、時勢に呑まれようとしながらもがく現代の詩人、双方のドラマの登場人物を同じ役者たちが演じているところに、カザフスタンの長い歴史を俯瞰するオミルバエフ監督の意図が感じられた。詩人としての誇りと、魂を売れば得られる裕福な暮らしとの選択で心揺れる主人公。高級車販売店で値踏みされる場面では、あんな感じの悪い店員は「プリティ・ウーマン」以来だと思ったし、初めて会う地方役人(とてもいい人だったけど)の家に泊まって一晩中ファミリービデオを見せられるってしんどいだろうなと、思わず笑ってしまう場面もあった。主人公の講演会場で、たった一人彼を待っていた吃音の女性客の言葉があまりに美しい。頼りないようにみえても、詩人の心はこうやって人の心に引き継がれていくのだと、はっきり確信を持つことができた。


第34回東京国際映画祭
会期:令和3年10月30日(土)~11月8日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:第34回東京国際映画祭(2021) (tiff-jp.net)

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