【TIFF】復讐(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

©Cignal TV,Inc.

警察に目をつけられたバイク泥棒のイサックは、ボスに庇護を頼むが冷たい扱いを受ける。イサックはボスに対する復讐を企むが…。スラム街の犯罪組織の中でもがく男を描いた作品。

クロスレビュー

富田優子/Gの大量出現に意識が遠のく度:★★★★★

ブリランテ・メンドーサ監督らしく、フィリピンの権力の腐敗が進んだ結果、富む者はさらに富み、持たざる者がさらに追い込まれる悲劇的な作品だ。バイクを盗んで生計を立てざるを得ない貧困層の若者と、カネとコネ(と大声)だけを頼みに政治家を目指す名家の御曹司との対比が、理不尽なまでに描かれている。御曹司やその親が公然と賄賂を渡すさまは、あまりにも手馴れていて笑えるくらいだ。劇中、スラム街の側溝からGが大量に湧き出るシーンがあるが(今まで見た映画のなかで最もGが出てきた映画で、一瞬意識が遠のいた…)、地べたを這いつくばうように生きる若者の姿と重なり、彼らが人間らしく生きる日がやってくることはないであろうことを暗示している。
不正だらけの選挙で貧富や教育の格差を埋めることは不可能に近いだろう。バイク泥棒の若者が一矢報いようとする“復讐”も虚しく、力ある者だけが勝ち残り、さらに力をつける不条理。メンドーサ監督は「これが現実」とばかりに容赦なく畳みかけてくる。

藤澤貞彦/貧しき者たちのG面(Gメンではない)度:★★★★

フィリピンの裏通りと表通りはまったく違った顔を持っている。この作品ではラップにさえその違いが表れている。犯罪組織と政治家は同類であり、警察はそこに仕えているに過ぎない。ある事件をきっかけに復讐に転じた貧民街の若者が立ち上がった時、裏通りから表通りに、貧しい若者たちがあふれ出す。それはまるで、消毒薬をまかれて外に逃げ出したネズミやGの姿にも重っている。薄暗いところで這いつくばって生きる者たち。しかし、裏通りから表通りの壁は崩れることはない。表通りに出た者は駆除されるだけである。ドゥテルテ大統領の引退表明がされた。メンドーサ監督は、次の大統領選挙にマルコスの長男が立候補することも念頭に置いてこの作品を作っているのだろうか。この映画で描かれた地方選挙の立候補者も、有力者としてこの地方で君臨してきた家柄のようである。永遠に這い上がれない貧しき者たちが、何をしても生き返るエリートたちを支えているかのような社会構造の深い闇が、この作品では浮彫になっている。

ささきまり/いつか正義が正義として、彼らの苦しみに報いますように度:★★★★

フィリピン映画を見るといつも「これ、ほんとなのかな…」という後味に愕然とする。いくらなんでもそこまで、というレベルの違和感がリアルだからだ。警察権力は完全に富裕層の汚職政治に取り込まれ、正義はどこにも存在しない。お祭り騒ぎの選挙イベントなど茶番であり、弱者の思いはまるで、ねずみや害虫のようにやすやすと駆除されてしまう。家族を養うため、ひたすらバイクを盗み続ける主人公イサク。プライドを賭けて企てた“復讐”も、たった一発の銃弾で闇に葬られてしまった。苦しい、苦しい映画だ。フィリピンは基本的にキリスト教国である。足の踏み場もないような小さなスラムの家々にも心を尽くした祭壇があるのに、日々そこに向かって手を合わせる人々が少しも報われないのはなぜなのか。いつか、イサクが遂げられなかったこの“復讐”が遂げられる、そういう物語をメンドーサ監督が手がける日が来ることを願った。(ちなみに、ライター陣が声を合わせている通りGの映像は強烈。昆虫の映像であんな思いをしたのは「燃える昆虫軍団」(1975年)以来です…)


第34回東京国際映画祭
会期:令和3年10月30日(土)~11月8日(月)
会場:日比谷・有楽町・銀座地区(TOHOシネマズシャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他)
公式サイト:第34回東京国際映画祭(2021) (tiff-jp.net)

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