【TIFF】皮膚を売った男(TOKYOプレミア2020)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

シリアから脱出した男が、現代アートの巨匠から驚愕のオファーを受ける。それは男自身がアート作品になることだった…。移民問題での偽善や、現代アートを巡る知的欺瞞を鮮やかに風刺する人間ドラマ。

クロスレビュー

富田優子/「そうきたかー!」と何度でも叫びたい:★★★★★

大勢の名もなき市民が戦闘に巻き込まれたり、謂れのない罪を着せられて処刑されたりするようなシリアにあっては、主人公の命は悲しいくらい軽い。ところが高名な芸術家が彼の背中にタトゥーを入れたことで、彼の価値がうなぎ上り。とんでもない高値がつけられることに。アートとなった彼はいとも簡単に欧州へ行くことができる。大金を手に入れることができる。人ではなく、貴重品。アート>命、という図式が成り立つのだから、何とも皮肉なものである。
本作はアートとなった男を通して、命の価値、自由の意味、弱者への搾取構造、EU側の難民への欺瞞的態度、そしてシリアの悲惨な現状を描いている。とは言え、このような題材はとかく深刻になりがちだが、観客に問題提起をしつつも、「そうきたかー!」の連続でエンターテインメントとして見せることにも成功している。ただ本作、シリア難民をエンターテインメントとしていること自体、搾取に当たるのではないだろうか…。それでは彼を「購入した」収集家たちと変わらないのではないか…、これでは観客に突き刺さるブーメランではなかろうか…。そんな疑念も頭をよぎったが、それもまた作り手側の意図であれば、ここでも「そうきたかー!」叫ばずにいられない。

外山香織/どこまでが「アート」なのか度:★★★★★

(結末に触れていますのでご注意ください)芸術、アートというものは常に世の中の審判を受ける類のものだ。注文主の意向に沿わないため完成後に描き直されたり他者によって「修正」された絵画や、発表されるやいなや世間からバッシングを受けたり、人を不快にさせる作品もある。どこまでが芸術なのか、芸術ならば全て許されるのか。しかも世の中の目は変わり後世の人間から見れば賛美の対象となったりするから、評価というものは常に難しい。さて本作は、シリア難民となった男が自由を得るために、アーティストにより背中にタトゥーを施されて自らアート作品となることを契約するという話である。人間が見世物となり、さらに商品として取引きされる中で、これは人身売買だ、難民に対する蔑視だという批判も起こるが、本人が同意しているため話はそう単純ではない。しかし、同意しているとは言え、その選択を「選ばされている」という事実は忘れてならないだろう。国を追われていなければ、彼もこのような選択をしなかった筈である。一方で、本作では人間の逞しさも描かれる。どのような境遇になっても、自分の身体は自分のものであり、それをどう使うかは自分が決める。自分の人生の主導権は自分が握ることを、彼は強く希求するのである。そのためにはISによる公開処刑すら逆手に利用するなど、ぶっ飛んだアイディアにも驚かされた。ラスト、アーティストとの会話シーンで「これで自由の身だな」という言葉に対し、彼が「はじめから自由だ」と答えたのが強く印象に残っている。


【第33回東京国際映画祭】
会期:令和2年10月31日(土)~11月9日(月)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:https://2020.tiff-jp.net/

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