チィファの手紙
ある日本映画のタイトルを中国語に訳すなら、どんな言葉を使えばいいか? たしかそんな話を中国の友人(30代、女性)とした時、「岩井俊二の映画みたいな感じがいいよ」と言われたことがある。「岩井俊二の映画のタイトル」ではなく、「岩井俊二の映画みたいな雰囲気の」という意味。『Love Letter』(1995年)が中国で人気を博した頃に青春時代を送った彼女くらいの年齢の映画好きが「見たくなる」雰囲気なのだとか。そのくらい岩井作品は、どこかノスタルジックで甘美な青春の思い出に直結するイメージとして、この世代に浸透している。
岩井監督が撮った中国映画『チィファの手紙』は、そんな中国のファンの期待に応えるように、徹頭徹尾“岩井作品”な中国映画だ。日本映画のリメイクではなく、最初から中国映画として制作されているので当然と言えば当然なのだが、大きく文化の異なる中国で独自色を出すというのは容易ではなかったはず。香港出身で中国に活動拠点を移したピーター・チャンがプロデュースに入ったことが大きいのだろう。
作品の世界にハマっている俳優陣が誰も彼も良い。「雰囲気勝負」という言葉は悪い意味で使われがちだが、その「雰囲気」で何処へ行っても勝てる稀有な女優が主演のジョウ・シュンだと思う(もちろんお芝居も素晴らしい)。最初に筆者が彼女を認知したのは、映画『始皇帝暗殺』(1998年)だった。荊軻に殺害される一家の娘役で1シーンだけの登場だったが、凄絶な場面なのに佇まいが非常に美しく、エンドクレジットで名前を覚えて、すぐ調べたことを覚えている。
岩井作品のヒロインは、どこか危なっかしくて、独自のリズムで生きている。この映画のチィファもそう。ところどころ非現実的にすら思える違和感ーーたとえば、夫にスマホを壊されたチィファが約束を頑なに守り、新しいスマホを買わないなどーーも有無を言わさない強さで「これが私」と内包しているかのよう。舞台をどこに移しても変わらない作り手の味。これが岩井作品の凄さなのかと感嘆した。
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