(ライターブログ)ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語

【映画の中のアート #22】 エドゥアール・マネのいたパリ

新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言も解除され、徐々に街に活気が戻りつつありますね。早速映画館に行かれた方もいるのではないでしょうか?私も約3か月ぶりに劇場で新作を見ることができました。当初3月に公開予定だった『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』。ご存知、南北戦争時代のアメリカ・マサチューセッツ州を舞台にしたマーチ家4姉妹の物語です。

さて、この映画に一体どんな絵画が登場するのでしょうか?  画家を目指すマーチ家の末っ子エイミー(フローレンス・ピュー)。伯母と共に訪れたパリで絵を描いているシーンがはじめの方に登場します。描かれているのは、明るい屋外、草原に座って寛ぐ3人のパリジャン。その独特な構図にハッとさせられました。エイミーの絵は、当時のパリで物議を醸したとある絵画…エドゥアール・マネの「草上の昼食」(1863)を想起させる構図なのです。


マネ「草上の昼食」

エドゥアール・マネ(1832-1883)。パリの裕福な家庭に生まれ育ち、後の印象派の画家たちに多大な影響を与えた芸術家です。彼は当初「水浴」と題されたこの絵を1863年のサロン(官展)に出品するも落選。同年、落選した作品が展示された「落選展」でも酷評を受けました。理由は「不道徳」だということ。ご覧のとおり、描かれているのは衣服を脱ぎ捨てた裸体の女性と当時の流行の服を着た男性によるピクニックの風景で、女性は見る者に意味ありげな視線を投げかけます。裸体の女性と着衣の男性の組み合わせは古典絵画にも登場しており、マネのこの絵もまた、ヴェネツィア・ルネサンス期に活躍した画家ジョルジョーネとティツィアーノの共作ともされる「田園の奏楽」(1509頃)を参考にしたとされています。この絵画はすでにルーヴル美術館が所蔵しており、マネも実物を目にしていたことでしょう。

ジョルジョーネ/ティツィアーノ「田園の奏楽」

しかしながら、神話画や宗教画などでなければ裸体が許されなかった時代、そして保守的な美術アカデミーが主催するサロンにおいて、当世風に描かれた(しかも歴史画のように大きいサイズの)マネの絵はあまりにも挑戦的でした。ちなみに、この年のサロンで絶賛されたのはアレクサンドル・カバネルの「ヴィーナスの誕生」(1863)で、のちにナポレオン3世が購入。同じ裸体でもヴィーナスならば良いわけです。

カバネル「ヴィーナスの誕生」

さらに、この3人の構図がよく知られている理由がもうひとつあります。マネはとある絵画からこの構図を借用したのです。当時の美術アカデミーが「お手本」「規範」とした芸術家―イタリア・ルネサンスの巨匠、ラファエロの作品です。マネは、ラファエロの「パリスの審判」に基づくライモンディの銅版画を参考にこの絵を描いています。どうですか? そっくりですよね。この件もあり、このポーズはすっかり有名になりました。マネはこういった古典絵画にベースを置き、そのうえで彼が生きた当時の「パリ」を自身の作品に反映させたと言えるでしょう。この作品でマネは相当の非難を浴びますが、2年後にはよりスキャンダラスな作品「オランピア」を出品。全く懲りていません。と言うよりも、サロンという正当な場で戦いを挑む、これが彼の画家としての生き方なのでしょう。

「パリスの審判」(一部)

さて、ここで「若草物語」に戻りましょう。劇中、エイミーの写生している対象はもちろん裸体ではありませんが、「草上の昼食」を想起した観客は、アメリカの南北戦争の時代(1861-1865)はパリではエドゥアール・マネが生きていた時代では? と気づかされるのです。さらにエイミーは隣で同じく写生する画家の絵をちらりと覗き、「自分の技量はまだまだね」というように自身の絵を見つめます。もしかしたら、隣の画家は「草上の昼食」の習作を描いているマネなのかもしれません。まあ、それは私の空想の域ですが、ほんの一瞬のこのシーンにマネの絵を使うなんて粋だなあと思いますし、保守的で旧態依然とした美術アカデミーに果敢に挑戦した彼のスピリットが、既成の社会概念に抗おうとした「若草物語」のスピリットに繋がっているような気がしてくるのです。

ちなみに、「草上の昼食」はパリのオルセー美術館に展示されていますが、これの習作とされる小さいサイズの「草上の昼食」はロンドンにあるコートールド美術館の所蔵で、昨年東京都美術館で開催された「コートールド美術館展」で来日していました(その後名古屋へ巡回。残念ながらコロナウイルス感染防止の観点から神戸での展覧会は開催中止になってしまいました)。マネの絵画をきっかけとして、エイミーが滞在したであろうパリの雰囲気を感じてみるのはいかがでしょうか。


▼絵画▼
エドゥアール・マネ「草上の昼食」1862-1863年 オルセー美術館/パリ、フランス
ジョルジョーネ/ティツィアーノ「田園の奏楽」1509年頃 ルーブル美術館/パリ、フランス
アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」1863年 オルセー美術館/パリ、フランス
ラファエロの原画に基づくマルカントニオ・ライモンディ「パリスの審判」1512-1513年

▼参考文献▼
「名画への旅19/屋外へ出たカンヴァス 19世紀Ⅲ」 講談社

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