(ライターブログ)刑事コロンボ/二枚のドガの絵

【映画の中のアート 番外編】 目撃者としての絵画

世界がコロナ禍の只中にある今、国内でもいまだ多くの映画館が閉ざされ新作映画を目にすることが難しい状況にありますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。この機会に、旧作やオンラインによる配信映像を鑑賞している方も多いのではないかと思います。私自身はと言うと、映画ではありませんが、NHKのBSプレミアムで4月から放送されている『刑事コロンボ』TVシリーズを毎週楽しみにしています。米国で1969年から放送されているこの人気シリーズは全69作。ドラマの展開方法は定型化しており、まずは決まって冒頭に殺人事件が発生します。視聴者は、誰が犯人なのか、どういう方法で殺されるのかといった犯行の一部始終を知ったうえで、後からやって来るロス市警殺人課の刑事コロンボ(ピーター・フォーク)が犯人をいかに追いつめていくかを見るという展開になっています。また、犯人は地位も財産も教養も持ち合わせた人間で、しかしどこか傲慢で鼻持ちならない、視聴者の共感を得にくいようなキャラクター設定が多いです(例外もありますが)。ゆえに、そんな犯人のアリバイや理論武装、プライドをいかにコロンボが崩し、追いつめていくかという点が本シリーズの最大の魅力となるわけです。

そこで今回、「映画の中のアート」では、番外編としてシリーズの第6作目となる「二枚のドガの絵(Suitable for Flaming)」をピックアップしたいと思います。犯人は美術評論家の男、デイル(ロス・マーティン)。世界屈指の「マシューズ・コレクション」を持つ叔父が、唯一の親族に当たる自分にコレクションの相続をしないと遺言状を書き換えたことを知り、凶行に及ぶと言う展開です。屋敷を訪れてショパンの「別れの曲」を弾いている叔父を正面からピストル射撃するまで、なんと開始1分未満。そこからデイルは素早く遺体を電気毛布にくるみ(死亡時間の判定を遅らせるためのアリバイ工作)、屋敷内に飾られた数々の名作の中からエドガー・ドガ(1834-1917)による「踊り子」のパステル画2点を額から外して梱包、更に部屋を適度に荒らして犯人の侵入・逃走経路となるドアの鍵を破壊。犯行の後処理を依頼した恋人の美大生がやって来るまで、まるで何度も訓練したかのようにスピーディーに作業を進めます。

レンブラント・ファン・レイン「窓辺の少女」

この迅速な犯行シーンで特に印象的なのは、殺害直後から映し出される、壁に架けられた絵画のショットの多さです。とりわけ、レンブラント(1606‐1669)の「窓辺の少女」と「フローラに扮したサスキア」、ニコラス・マース(1634‐1693)の「祈る老婦人(はてしない祈り)」、ピカソ(1881-1973)による女性の頭部のパステル画は何度もクローズアップで映し出されます。屋敷内に飾られている作品は、さすが世界屈指と銘打つだけあって、人物画や風景画、時代も古代から現代に至るまでの名画や彫刻群。ほとんどは実際に存在しているものと思われ、リアリティを感じさせます。

その中でも、先にご紹介した4点は、正直なところ盗まれたドガの絵よりもたくさん映っているのではないか? と思います。まるで、これらの絵画に描かれた女性たちが、私は犯行の一部始終を目撃したぞ、お前がいくら逃れようとしても逃れられないぞ、と言っているような―つまり、彼女たちは「目撃者」なのです。特にレンブラントの2作品は鑑賞者を射ぬく視線がことさら強く、「目撃」以上に犯人を「糾弾」しているようにも感じられますし、ニコラス・マースの作品はすべてを目撃したうえで目を閉じ「ああ、なんてことを!」と絶望しているようにも見えます。目は口ほどにものを言う(閉じた目でさえも)。物言わぬ作品たちが雄弁に語りかけている。これは、とても効果的な演出と思います。

レンブラント・ファン・レイン「フローラに扮したサスキア」

一方で盗まれたドガの「踊り子」は、観者に対しては背を向けたり別な方向を見ていて、事件のことは知らないよ、見ていないよと言っているかのようであり、一方的に巻き込まれてしまった被害者のようにも感じられます。もちろん、犯人はコレクションの中で最も高額な作品だから(「2点で50万ドルは下らない」)「踊り子」を盗んだのですが、犯人の中では、自分を直視する肖像画を盗むよりも罪悪感が薄いという心理が働いたのではないかとすら思ってしまいます。「踊り子」を手に入れた後、犯人は共犯者の女性を殺害し、叔父の別れた妻に罪を着せようと工作。しかし、絵画ばかりか現実の女性たちまで意のままに操ろうとした男のたくらみは刑事コロンボによって暴かれ、まんまとその正体を晒すこととなります。あのトリッキーなラストは、コロンボシリーズの中でも屈指の名シーンではないでしょうか。

ニコラス・マース「祈る老婦人(はてしない祈り)」

絵画の持つイメージ、観る者に与える印象の効果をうまく利用した演出。今回は、目撃者としての絵画という視点でこのドラマを振り返ってみました。興味を持たれた方は是非、刑事コロンボ『二枚のドガの絵』をご覧になってみてください。


▼絵画▼
レンブラント・ファン・レイン「窓辺の少女」1645年 ダリッジ美術館/ロンドン
レンブラント・ファン・レイン「フローラに扮したサスキア」1634年 エルミタージュ美術館/サンクトペテルブルグ
ニコラス・マース「祈る老婦人(はてしない祈り)」1655年 アムステルダム国立美術館/アムステルダム

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