(ライターブログ)ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像

【映画の中のアート #20】 Ars Longa,Vita Brevis 

“Ars Longa,Vita Brevis”
学生時代に美学美術史の授業で教わった、「技術は長く、人生は短い」というヒポクラテスの言葉。医学者である彼は、医療の技術を習得するには人生は短すぎる(だから時間を無駄にするな)、と述べています。しかし後世では「芸術は長く、人生は短い」……つまり、芸術作品は長く残るが人生は短いという意味合いでも使われています。そのように考えると、昨年2019年はレオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年、今年はラファエロ没後500年。各地で展覧会やイベントが開催されており、芸術家が死して何百年と時を経過しても彼らの作品が息づいていることに、改めて感嘆せざるを得ません。

さて、このたびピックアップする映画は『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』というフィンランドの作品です。監督はアカデミー賞外国語映画部門でもフィンランド代表として選出経験のあるクラウス・ハロ。派手な作品ではないですが、95分の中に様々な要素が凝縮され、見ごたえのある内容でした。

主人公は、高齢の美術商オラヴィ。店は一人で切り盛りをしているようで、設置されている監視用ビデオや固定電話は旧式、紙の顧客カードの様子からもあまり流行っているようには見えない。店を閉め、なじみの店でケーキをひとつ買い自宅アパートに戻ると、カセットテープ式の留守電にメッセージが入っている。それを無視しながら、かつては家族と囲んだであろう居間の大きなテーブルで一人夕食を食べる男。おや、これはいつの時代の話なのだろう? と思っていると、いきなり富豪がiPhoneを持ちながら登場するシーンがあり、舞台がまぎれもない現代であることが分かる。昔ながらの方法で何とか店を続けてきたオラヴィも、時代の変化や自身の高齢化、後を引き継ぐ人間もいないことから引退を考え始める。しかし、最後に名高い作品と関わりたい―ラスト・ディール(最後の取引き)は、即ち人生の集大成を表す。終わりよければ全て良し、である。そして運命は、彼の前にある絵画をもたらした。小さ目のサイズの、黒い長髪にひげを蓄えた男の肖像画。絵には署名(サイン)もなく作品名も来歴も不詳だが、肖像画にただならぬ魅力を感じたオラヴィは、絵画について調査を始める。そんなとき、疎遠になっていた一人娘から連絡が入り、オラヴィの孫にあたるオットーを、職業体験で受け入れてもらえないかと依頼される。過去に補導歴があるオットーは、体験先が決まらなくて苦労しているというのだ。しぶしぶ引き受けたオラヴィは、利発で機転の利く孫息子の力を借りて、絵画の「素性」に迫っていく。

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