【TNLF】嘘つき

カウリスマキ・ブラザーズ・ゴー・シネマ(映画の世界への第一歩)

『嘘つき』ミカ・カウリスマキが監督し、アキ・カウリスマキが脚本、主演を担当した兄弟初の映画作品。これをトーキョーノーザンライツフェスティバルで観られたことの幸せ。ジャパンプレミア。今まで観ることが叶わなかった作品である。10年間ずっと映画祭に通い続けてきたことへのプレゼントのように、ひとり勝手に思っている。

 主人公の名前はヴィッレ・アルファ。ジャン=リュック・ゴダール監督の『アルファヴィル』のもじりである。1981年の作品というのに、雰囲気は50年代末のヌーヴェル・ヴァーグのようである。上映後のトーク・イベントではゴダール作品からの引用について、たっぷり触れられたのでここでは書かないが、ゴダールファンではない筆者でも十分気が付くらいにこの作品には、オマージュが溢れている。一方、やたらにお酒を呑み、タバコを吸いまくる登場人物たちの姿は、この作品が「今の自分たちの姿を映画にした」(ミカ・カウリスマキ)からである。 (その後のカウリスマキ兄弟も変わらずお酒を呑み、タバコを吸い続けてはいるが)

 それにしてもアキ・カウリスマキの若さには驚いてしまう (それに較べて映画初登場のマッティ・ペロンパーはそれほど変わらなかったけれど)。足は長いし、スマートだし、なかなかいい男である。確かにだらしない感じはするけれど、瞳には繊細さが宿っているのが見て取れる。仕草や表情は、まるでジャン=ピエール・レオー=アントワーヌ・ドワネルのようだ。髪型まで似ている。分け方が右分けと左分けの違いこそあるが。とにかくよく走る。素敵な女性を見かけて、あるいは知っている女の子を見かけて、衝動的に行動する。「あら、彼ったらまた走っているわ」これは、フランソワ・トリュフォー監督『逃げ去る恋』の中で、ドワネルの姿を見かけた女性が彼を評した言葉だが、走り方までよく似ている。そのうえ走っている途中で車にぶつかりかけ、中から出てきたドライバーにどやされる、そのタイミングの悪さまでがドワネルばりである。

 いつものアキ・カウリスマキ監督作品の登場人物たちの友人は犬であるが、この作品は猫。そのためか彼の行動自体が猫のようにも思えてくる。一時も落ち着くことがなく、常にヘルシンキの街をウロウロしている。目的があるようでない。目的があったとしても綺麗な女の子がいるとすぐにフェロモンに取り憑かれたかのように、後を付いていってしまう。オス猫の習性そのものである。思えば、ドワネルもまたそうした衝動的な行動で、いつも恋が逃げ去って行ってしまったものだった。見栄を張って嘘に嘘を重ねた挙句の言い訳は、いつも「僕は複雑なんだ」ということ。「違うわ。単にだらしないだけじゃない」と『逃げ去る恋』では女性に返される。これは、ヴィッレ・アルファにもそのまま当てはまる。

そもそもジャン=ピエール・レオーは、シネフィル時代、アキ・カウリスマキが第2の自我として捉えていた人物である。『嘘つき』では、主役を演じる際に、ジャン=ピエール・レオーを手本にしたと、はっきり公言している。後に『コントラクト・キラー』でレオーを主役に迎えたアキ・カウリスマキは、どう演じていいか戸惑っていた彼に対して、『嘘つき』で演じた時そのままに彼の物真似をして見せ、それをレオーが真似したという、なんとも可笑しいエピソードが残っている。ジャン=ピエール・レオーのキャラクターがトリュフォーの分身といった存在であったことからすると、若き日のカウリスマキがレオーを気取ったその先には、トリュフォーのような映画監督になる夢があったのかもしれない。兵役から戻りシネフィルになり、フィンランド版「カイエ・デュ・シネマ」で批評を書き、後に映画作家になったアキ・カウリスマキとトリュフォーの経歴は、今にして思えば、とてもよく似ている。

 この作品は、ミカ・カウリスマキ監督の作品ではあるが、アキ・カウリスマキが脚本を書き、主役を演じたことで、後のアキ・カウリマキ作品へと繋がっていく描写も見られて、嬉しくなってしまう。とても80年代とは思えないレトロなダンス・ホールでのダンス・シーン、やっぱり80年代のロック・シーンとは思えないミュージシャンたちの演奏シーン。そんな場面を私たちはその後、何度目にしたことだろうか。物乞いをするお兄さんに、自分自身が借金まみれであるのもお構いなしに、いつもそっとお金を置いていくという描写には、『浮き雲』や『過去のない男』に繋がっていく、彼のささやかなヒューマニズムを見る思いがする。そしてボヘミアンの小説家気取りの彼のキャラクターは、後に『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』『ル・アーブルの靴みがき』といった作品に結実していく。もちろんジャン=ピエール・レオーご本人も、『コントラクト・キラー』『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』『ル・アーブルの靴みがき』と3度も登場することになるのであった。

【開催概要】

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2020
会場:ユーロスペース、アップリンク渋谷
会期:2020 年2 月8 日(土)~2 月14 日(金)
チケット先行販売:2020年1月11日~24日 1300円均一
チケット一般販売:一般/1500円ほか 各上映3日前よりオンライン、窓口にて
公式 WEB サイト:http://tnlf.jp/
twitter @tnlfes
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