【東京ドキュメンタリー映画祭】つれ潮(長編コンペティション)

海は静かに満ち、そして物語を語る

「カメラのお姉ちゃんまた来ているのかね」「明日帰るけれどね。最近はおばあちゃんこの子は福岡の隠し子だなんていうのよ」対馬東海の曲(まがり)の漁村。この監督でもあり、撮影、編集も行っている山内光枝さんと島の人との間でこんな会話が交わされる。すっかりこの村に溶け込んでいることがよくわかる。82歳になるこの漁村の最後の現役海女おばあちゃんと、筑前鐘崎への数日の旅に同行した山内光枝監督の旅行記は、まるで里帰りした孫とおばあちゃんのプライベートムービーを見ているかのようでさえある。ひたすらおばあちゃんの姿を映し、ひたすら2人でおしゃべりする。時には監督自身もカメラの前に立ち、あるいはおばあちゃんがカメラに向かってしゃべるので、観ている観客もいつしかおばあちゃんに親しみさえ覚えていく。

この作品は、わずか数日の記録であり、一見のんびりとした記録映像であるにも関わらず、中身はとても豊かである。海女の文化の記録映画ということであれば、昔の写真を写したり、郷土資料館を取材したり、多くの人の証言を流したりといったことが考えられるが、この作品にはそれがない。それにも関わらず、おばあちゃんと監督、近所の人、鎌崎の旧知の知り合いの方との日常の延長のような会話の中から、あるいは海に潜る彼女の姿から、それ以上のことが伝わってくるという点が、ユニークな作品である。おそらく、短い時間にこれだけの会話を引き出すことができたのは、ひとつの作品を作るということよりも、監督が8年という長い時間をかけて、おばあちゃんを始めとする関係者の方たちと人としての付き合いをしてきたこと、何よりそれをかけがえのないこととしてきたこと、その監督自身の生き方によるところが大きいと思われる。

「対馬 東海岸 曲 最後の現役海女 82歳 対馬の海を自由に操業できる専業漁民、その昔数百年昔、筑前鐘崎、現在の宗像市鐘崎から渡ってきたという」という冒頭のテロップ。実際に村のお墓には「海人先祖代々の墓 寛政元年 金先自津附渡り先祖曲り組 梅野海人中」という文字が見られる。鐘崎は海女発祥の地と言われているが、それを示すかのようである。まだ近代の国家概念が東洋に入ってくる以前、鐘崎、対馬、済州島この海は、ひとつの海洋文化圏を形作っていたのだろう。そんなロマンも感じさせる。おばあちゃんが、鐘崎に行きたがっていた理由は、懐かしい人に会いたいということだけでなく、ご先祖の心の故郷でもある鐘崎の海にもう一度潜ってみたいという思いもあったのだ。

「ヤーレンソーランソーラン
島で名高い曲の海女よ
さざえとあわびの花の里よ ちょい」

「鐘崎港の桟橋に
錨下ろした玄海丸
乗らなきゃならないこの船に
あの子残して浮かぬ顔
あー どっこい どっこい」

おばあちゃんはよく歌う。ソーラン節の替え歌と鐘崎音頭。往時のこの海の賑わいが偲ばれる。「この歌を歌うと元気が出る」と彼女は言う。しかし、歌は今ではあまり歌われることがない。それどころか鐘崎に住む年配の人でさえ、歌詞を忘れてしまっている。かつては、身近なところにあった歌も、時代の変化に伴い遠い世界のものとなってしまったのだ。海の磯焼けによって魚や貝は姿を消し、海女の仕事は成り立たなくなっている。特に曲(まがり)の海の底は深刻だ。白茶けた岩に僅かに藻が付いているだけで、全くの不毛地帯となっている。エサや隠れるところがなければ、生き物は生きられなくなってしまう。海女という文化の消滅以前に、さざえとあわびの花の里は滅びてしまっていたのだった。コンクリート製の防波堤が潮の流れを変えた。それもあるだろう。水温の上昇や環境汚染、人間にとっては小さな変化に過ぎなくても、さまざまな生き物の生存に多大な影響を与えている。「知らないうちに自分で自分を殺してしまった」曲(まがり)の住人の言葉は重い。

もっとも、この作品はそうしたことを告発するものではない。何よりも山内光枝監督自身が、海に魅せられ、海女の文化に魅せられ、あるいはおばあちゃんの人柄に惹かれたことで、作品を作っているのである。これらはそもそも、その世界を愛するがゆえに、それと真っすぐに向き合うことで、表出してきたものである。あくまでもおばあちゃんと海女仲間や漁民たちとの日常会話の中から、海の中の景色から、自然に問題が浮き上がってきているのだ。そして何よりも、海が、太古の昔から変わらず、繰り返し行われてきた潮の満ち干、静かに波を打ってうねっていく海の映像がすべてを物語っているのである。

※12月1日(日)16:00〜上映

東京ドキュメンタリー映画祭2019(第2回)開催概要

■会 期:2019年11月30日(土)~12月6日(金) *7日間
■会 場:新宿K’s cinema
■主 催:neoneo編集室
■公式HP :http://tdff-neoneo.com
■twitter:@TDFF_neonneo/ Instagram:tdff.neoneo
■Facebook:https://www.facebook.com/tdff.neoneo/
長編コンペティション作品、短編コンペティション作品、招待作品、特別作品ほか、全47作品が上映される。ドキュメンタリー表現のスタイルの多様化を踏まえ、正統派のテレビ番組や記録映画の手法を使うものから、現代アート、Youtube、MV、SNS、フェイク・ドキュメンタリーを取り入れたものまで、いま国内で撮られている様々な作品が一堂に会する。上映最終日には、審査員によるコンペティション作品の グランプリを発表のほか、各賞授賞式が開催。みんなで 選ぶ「観客賞」も実施される。
長編コンペティション審査員
・山崎裕(撮影監督/『FAKE』(2016年)、『永い言い訳』 (2016年)ほか)
・鎌仲ひとみ(映像作家/『ヒバクシャ 世界の終わりに』 (2003)、『小さき声のカノン』(2014)ほか)
・金子遊(批評家・映像作家)
短編コンペティション審査員
・安岡卓也(映像プロデューサー)
・佐藤寛郎(neoneno編集室)

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