【東京ドキュメンタリー映画祭】戦後中国残留婦人考 問縁・愛縁

不幸な歴史を繰り返さないために

 この作品を観た時、中国残留婦人のおひとりの方の体験談が、中国で2009年に放映されたドラマ『小姨多鶴』(スン・リー主演、日本ではCCTV大富で放映)とあまりにもよく似ていて驚かされた。黒龍江省から日本への引き揚げ途中で家族とはぐれ、絶体絶命のところを中国人の老夫婦に命を救われた多鶴。彼女は老夫婦に請われ、子供の産めない身体になっていた嫁のために、彼らの息子との間に3人の子供を生む。正妻は他におり、自分の子供というのにあくまでも「お母さんの妹=小姨(おばさん)」として、彼らと接する他なかったという、多鶴の苦難の半生を追ったドラマである。

 ドラマは厳 歌苓(ゲリン・ヤン)の原作を元にしており、これ自体が、実際に残留婦人に取材して書かれたものだというのだから似ていて当たり前なのだが、それ故に夫1人に妻2人と子供たちという家族関係、日本人であることを隠しながら生きていかなければならなかったことの葛藤、文化大革命での苦難など、ドラマの中身を知っていて話を聴くと、画面上で穏やかに話をされているその心の裏側に、笑顔の向こうに、どれだけの苦しみを抱えて生きてきたのだろうと、考えてしまう。「助けてくれた中国の人たちがいい人たちだった」残留婦人の方々が口を揃えてそのように話されているのだが、そのお陰で彼女たちがここまで生き延びてこられたことも事実だし、彼らがいい人たちだったからこそ、逆にお互いの心の中の葛藤も大きかったのではないかとも思える。

 関東軍は、ソ連が攻め込んできたときに、住民たちを盾にして現地に残し、軍を朝鮮国境付近まで引き上げることを早い段階から決めていたという。日本政府もまた、中国との国交が断絶した時を境に、残留孤児、残留婦人たちを死亡扱いにし、戸籍を抹消することを決めた。中国からは、日本人ということで疎まれ、日本からは見捨てられてしまった人たち。頼りになるのは身近にいる中国人だけだったことだろう。家族がいて永年住んできた中国と、祖国である日本、どちらかを選ぶなどということはできないというのは、彼女たちの本音だろう。心が2つに引き裂かれるような感じは、亡くなるその時まで、付きまとっていくのではなかろうか。

 実はこうした話は、「大地の子」をはじめ、色々なところで書かれ、また映画になったり、ドラマになったりしており、全く知らない話ではなかった。1981年3月に初めて「残留孤児訪日調査団」47人が訪日した当時、大変大きなニュースになったことも覚えている。1999年までに合計30回行われていたというが、次第にニュース性は失われていった。作品の中でも、最初は町を挙げて帰国を歓迎されていたが、次第に忘れられていった現実が写し出されている。若い人たちが、教科書で見た程度の知識しかなく、また年齢が行った私のような者にとっても、その後の彼女たちの人生がどうなったかを知らないのは無理なからぬことなのかもしれない。

 この作品では、神田さち子さんが演じる「帰ってきたおばあさん」という一人芝居を観て、初めてこのことに興味を持ったという、北京電影学院に通う若い女性(小林千恵さん)を通じて、彼女と残留婦人のお婆さんたちとの温かい交流を通じて、彼女たちの人生を見せていく。そしてその様子を王乃真監督のカメラが第三者の視点に徹して捉えていく。飛行機や鉄道、車で移動するところを何度も見せているのも、日本と中国、中国の中の街どうしの距離感を感じさせて、彼女たちの物語のイメージを膨らませる一助となっている。この作品の価値は、体験談を中国残留婦人に語ってもらうという、点の部分だけで歴史を捉えることだけでなく、むしろ彼女たちの家族の風景や、神田さち子さん、特に小林千恵さんとの交遊を通じて、言い換えれば彼女たちの「今」を記録することによって、過去から現在に至るまでの彼女たちの人生をより立体的に見せているところにある。あるいは、お祖母ちゃんが孫に語って聴かせるような会話の中から、ジャーナリスト的な切り口とはまたひと味違った真実も見えてくるのである。

 中国残留婦人の方々の年齢は、既に90歳を超えている。撮影後すでに亡くなった方も何人かいらっしゃる。この作品は2018年製作ということになっているが、撮影自体は、2012年から始められている。その時もう既にギリギリのところに来ていたのだ。これからは、どうやって歴史を伝えていったらいいだろう。神田さち子さん、小林千恵さんの存在は、そうした問いのひとつの形かもしれない。この作品自体も、もちろん伝えていくことのひとつの形である。また中国残留婦人のご家族の若い人たちの会話の中にも、自分たちと、今はまだ幼い曾孫たちの感じ方の違いなどから、自分たちの祖母が日本人だったことをどのように受け止めてもらっていけばいいか、議論がなされていた。中国人、日本人それぞれがこのことを考え、後世に伝えていくことは、結局、歴史の正しい認識に繋がるだけでなく、国を超えた人間同士の相互理解に繋がっていくのではなかろうか。不幸な歴史は繰り返してはならない。

※12月3日(火)10:00〜上映

東京ドキュメンタリー映画祭2019(第2回)開催概要

■会 期:2019年11月30日(土)~12月6日(金) *7日間
■会 場:新宿K’s cinema
■主 催:neoneo編集室
■公式HP :http://tdff-neoneo.com
■twitter:@TDFF_neonneo/ Instagram:tdff.neoneo
■Facebook:https://www.facebook.com/tdff.neoneo/
長編コンペティション作品、短編コンペティション作品、招待作品、特別作品ほか、全47作品が上映される。ドキュメンタリー表現のスタイルの多様化を踏まえ、正統派のテレビ番組や記録映画の手法を使うものから、現代アート、Youtube、MV、SNS、フェイク・ドキュメンタリーを取り入れたものまで、いま国内で撮られている様々な作品が一堂に会する。上映最終日には、審査員によるコンペティション作品の グランプリを発表のほか、各賞授賞式が開催。みんなで 選ぶ「観客賞」も実施される。
長編コンペティション審査員
・山崎裕(撮影監督/『FAKE』(2016年)、『永い言い訳』 (2016年)ほか)
・鎌仲ひとみ(映像作家/『ヒバクシャ 世界の終わりに』 (2003)、『小さき声のカノン』(2014)ほか)
・金子遊(批評家・映像作家)
短編コンペティション審査員
・安岡卓也(映像プロデューサー)
・佐藤寛郎(neoneno編集室)

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