【TIFF】わたしの叔父さん(コンペティション)

叔父と姪、心の機敏は日常から

© 2019 88miles

 デンマークの田舎の乳牛農場。年老いて身体の不自由な叔父と姪がふたりで暮らすその日常は、目覚まし時計の音と共に始まる。服を着替えて、カーテンを開けて、叔父を起こす。洋服(既に作業着)の着替えを手伝ってやり、朝ご飯の支度。叔父には、トースターで焼いたいつものパンと、バターにヌテラ(ピーナッツチョコ)にナイフ。姪のほうは、紙パックのミルクを振って、コーン・フレークにひとかけ。テレビではいつもの通りワールド・ニュースが流れ、それを観ながら食べる叔父と、数独を解きながら食べる姪。会話こそないが、2人の動きが寸分の狂いもなく、それがルーティンになっていることがわかる。

 朝食後の仕事の時になっても、相変わらず2人に会話はないが、作業の流れにおいて息がピッタリ合っていることから、この作業が長年続いていて、もはや身体が自然に動いていることがわかる。農家の日常とはこれ。ましてや牛を相手にしている仕事だから、時間も正確に進んでいく。

 すぐに食事を作って食卓に運べるダイニングキッチン、テーブル、粗末な椅子、屋根裏の物置の雑然とした感じ、柱や壁、カーテンに染みついた汚れ、すべてがいかにも農家の佇まいで、そのリアルさに驚かされる。それもそのはず、ここは叔父役の俳優(素人)の実際の農場で、彼はいつもそこで働いているのだとか。もっと言えば、彼は主演女優のイェデ・スナゴーの本当の叔父さんでもあるのだそうだ。

 一見毎日同じような日が続いているかのようなこの生活の中でも、それぞれが微妙に違うことがわかってくる。お墓参りにいったり、夜中に子牛が生まれ、朝までその世話をしたりと。どんなに寝不足でも、牛はご飯を食べるし、お乳は搾ってやらなければならないから、このルーティンは決して崩れることがない。そこに微妙な変化が訪れるのは、姪が、子牛の診察をしにきた獣医師から自分の助手にならないかと持ちかけられたり、偶然知り合った彼からお誘いが来るようになってからである。

© 2019 88miles

 起床から就寝まで、何度も何度も繰り返される日常の行動の中において、2人の気持ちの揺らぎが描かれる。朝食の時、食器の置き方が乱暴だったり、ナイフを置き忘れたり、パンが黒焦げになっているのに気が付かなかったりすることで、姪の気持ちが表される。最初はナイフがない、何がないと、言っていた叔父も、そっと自分で取りに行くようになるところから、姪の心の変化を感じ取り、意識を変えたことがわかる。いつかは、姪もこの家を離れていくかもしれない。その後押しをするためには、自分もその時に備えておかなければならないと。この辺りの表現力は、同じようにルーティンが繰り返される映画『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督)の上をいっているように思われる。

 14歳で母を亡くし、高校生の時に兄の後を追って父が自殺してしまい、ひとり取り残された姪を引き取ってくれた叔父。一見姪に甘え切っているかのように見えた叔父は、我が子のように、彼女のことを想い支えてきていたのだった。言葉が少なく、気持ちが見えにくい人ではあるけれど、彼の優しさがわかるからこそ、なおさら姪は自分だけの人生を歩みだせないでいる。獣医師になる夢も捨てたわけではないし、ロマンスも諦めたわけではないが、叔父さんと離れては、幸せな気持ちになれないことを、彼女自身が一番わかっている。

 実の親子でないこともあるが、それ以上に農家の人間関係は、常に共同作業であること、息がピッタリ合わなければやっていけないこと、お互いが寄り添わなければやっていけないことから、そこに他人が入り込むことはなかなか難しい。2人が向き合って布をたたんでいく微笑ましいシーンにも、それが滲みでている。それでも、いつまでも同じ日というのは続かない。叔父さんもいつまで元気でいられるかわからない。いつかは農業も諦めなければならない日がくることだろう。例えゆっくりであっても、2人の間には変化の時が近づいている。そのことを予感させて映画は終わる。

 上映後のQ&Aによれば、デンマークでは、EUの取り決めにより2025年にこうした個人経営の小規模農業が廃止されることが決まっているのだという。この映画の製作動機について、フラレ・ピーダセン監督は、母方の実家が酪農家で、子供の時にそこで素敵な思い出を作っているからこそ、こうした風景を記録として残しておきたかったと語っている。この作品はそうした意味では、農家の表象だけではなく、そこに生きる人の人間関係や、深いところにある気持ちまでをも記録しているという点において、見事にその目的を果たしている。ドキュメンタリーではなく、彼らをよく知る人たち、もしくは当事者によるフィクションだからこそ、成し遂げたことだと言えるだろう。



第32回東京国際映画祭
会期:令和元年10月28日(月)~11月5日(火)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:https://2019.tiff-jp.net/ja/

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